Sub :帰り
話がある。
蘭に起こされた後ケータイを開くと、新一からの淡白メール。
淡白なのはいつも通りだから別にどうも思わないんだけど。
でも、話があるって言われて不安なんて全く無いよ、と言ったら嘘になる。
だけど怖がってたらずっと変わらないまま。
またこの前みたいにすれ違って、終わってしまう。
どうせ終わるんなら、ちゃんと新一と向き合って、ちゃんと話して、潔くフラれた方がいい。
蘭や小五郎ちゃん達とタクシーで空港に向かう途中、そんな事をずっと思っていた。
「その言葉、優月の彼氏からの受け売りなんです」
「へぇー!やるじゃない、あなたの彼氏!」
生であの芝の女王に会えた感激はすぐに消え去り、今私の頭の中は新一の事でいっぱいいっぱい。
もう空港着いてるかな、とか、どんな話されるのかな、とか。
そんな事ばっかり考えちゃって落ち着かない。
「でもホームズの弟子がいなくて残念だよ…」
「あの子にもお礼を言いたかったのにね」
「何か早く日本に帰らなきゃいけない用が出来たみたいで、航空券取れたからって優月の彼氏の両親と一緒に前の便で…」
「じゃあよろしく言っといてね!」
「はい!」
「……」
んー、何でかな。
信じて疑わない蘭を見てたらすっごい申し訳ない気持ちでいっぱいになる…。
♪〜
バッグに入れていたケータイが、とある着信音を鳴らす。
…新一からだ。
「…もしもし」
「オメー今どこ?」
「えっ?…1階、だけど…」
「…2階に今すぐ来い」
新一はそれだけ言うと電話を切った。
…まだ怒ってるとはいえ、ちょっと冷たすぎじゃない?
「今の電話、新一からでしょ?何だって?」
「…今すぐ2階に来い、だって」
「じゃあ私達の事はいいから早く行ってきなよ!新一待ってるよ?」
「うん、分かった…」
何とも言えない緊張感で体が震えてるのが、ケータイを仕舞う手を見て分かった。
とうとう、会うんだ…。
「優月?」
「…蘭」
「うん?」
「私、やっぱり怖い…」
「え…?」
「新一にフラれるんじゃないかって、さっきからそればっかり考えちゃって…。足が全然、動いてくれない…」
聞きたくない。
でもそんなんじゃダメだって、自分でも分かってる。
だけど、会いたくない。
会ったらきっと、新一は私を…。
「…大丈夫」
「え…?」
「新一は絶対に優月の事手放したりしないよ。17年間一緒にいた私が言うんだから間違いないって」
「蘭…」
「だから早く行ってきな?新一待ってるよ!」
蘭は私の右手を両手でぎゅっ、と握りながら言ってくれた。
「…うん。じゃあ、行ってくる」
蘭が言うと不思議とそんな気がするのは、私が単純なだけじゃない気がする。
何ていうか、うまく言い表せないけど…。
自然と勇気が湧いてくる。
グラス姉弟に別れを告げ、エスカレーターで2階へ上がると出発ロビーの椅子に座って窓の外を眺めてる新一の姿を見つけた。
私が言うのも変だけど、その横顔がとてもキレイで…。
しばらくの間、見とれてしまった。
「…なにボーッと突っ立ってんだよ」
「あ…えっ、と…」
「…座れば?隣」
「う、ん…」
隣の椅子に腰を降ろした直後、心臓がどくん、どくんと鼓動を速める。
…どうしよう。
こういう時って、何から話せばいいのかな…。
「…やっとハーデスのやつ捕まえた」
暫しの沈黙のあと、新一が口を開いた。
「…どうやって?」
「ミネルバが放ったテニスボールをキック力増強シューズで顔面にぶちこんでやった」
「…やだ、それ痛いって」
想像したら何だか可笑しくて、少し緊張がほぐれた気がする。
「…昨日は、悪かったよ」
「…もういいよ。元はと言えば、私が悪いんだし」
自分でも、声が震えてるのがよくわかった。
−新一は絶対に優月の事手放したりしないよ。17年間一緒にいた私が言うんだから間違いないって−
大丈夫、大丈夫と何度も自分に言い聞かせて、新一に気付かれない様に息を吸い込んだ。
「…俺、さ」
「…うん」
新一の事を、誰よりもよく分かってる蘭がそう言うんだもん、絶対大丈夫。
「オメーの気持ちが知りたい」
「…へ?」
あまりにも予想外の言葉に、思わず間抜けな返事をしてしまった。
「優月が今、俺との事をどう考えてんのか。これから先、どうしてぇのか。それが知りたい」
新一は窓の外を眺めながら言った。
私の、気持ち…。
これから、どうしたいのか…。
「…寂しかった」
「…え?」
「昨日新一が出て行った時、すごく、寂しかったよ?私…」
「……」
「それに、新一があんな事するなんて、すごくショックだった。まさか恋人にあんな事されるなんて、思ってもみなかったから…」
「……ごめんな」
新一から発せられるこのセリフを聞くと、私はいつも、魔法にかけられた気分になる。
どんな事でも許してしまって、嘆いてる自分が、バカバカしく感じてしまう。
「…ほんとに悪いって思ってんの?」
そんな自分が、悔しくて。
「元はと言えば、新一が勝手に勘違いしたのがいけないんじゃない…。いつも新一のせいで、しなくてもいいケンカして、無駄なすれ違いばっかりで…」
「……」
違う。
私はこんな事が言いたいんじゃない。
「今回だってそうよ!勝手に嫉妬して、1人でどんどん考えまとめてって、1人で結論だして、私の事なんか何にも考えてなくて!私の事分かってるようで、全っ然分かってない…」
「……」
私はこんな事を伝える為に、ここに座ってるわけじゃない。
「嫌だよ…」
「…え?」
「…別れたくない」
「……」
「私の事、嫌いにならないで…」
自分でも、随分勝手な女だってのは分かってる。
でも、これが私の気持ちなんだよ…。
「私には、新一が必要なの。新一以外の人なんか、考えられない…」
視界がボヤけちゃって、ほとんど何も見えない。
辛うじて見えるのは、膝の上で固く握られてる自分の拳。
「お願い新一っ…。私を捨てないで、っ」
「バーロ!んな事言ってんじゃねぇよ!オメーを捨てるだなんて、そんな事っ…。そんなバカみてぇな事しねぇよ俺は!」
私を強く抱き締めて、叫ぶ様に新一は言った。
その瞬間、罪悪感とか、嬉しさとか、後悔とか、何だかよく分かんないけど、色んな感情でグシャグシャになって、何も考えられなくなって…!
「ごめんね新一っ…!ごめ、なさ…」
「バーロォ、なに謝ってんだよ」
「だって…だってっ」
「元はと言えば俺が勘違いしたのが悪かったんじゃねぇか。オメーは何も悪くな」
「違う!そうじゃないよ!私が新一の気持ちを考えないで快斗と頻繁に会ってたりしてたから…。だからっ…だからこんな事にいだっ!」
でっ、デコピンなんかしてきたこの男っ!
素で痛いんだけど!
「痛いなぁ!いきなり何な」
「こんなんだからダメなんだよ、俺達」
「はぁ?」
「もうやめようぜ、こういうの」
「…え?」
「どっちが悪ぃとか、誰が原因かとか、今更もうそんな事どうだっていい。お互いがお互いを必要としてるんなら、黙ってそれに従えばいいじゃねぇか…だろ?」
新一が私の頭をポンポン、と優しく撫でる。
…うん、確かにそうかもしれない。
「新一、」
「ん?」
「ちゅう、して」
「バッ、バーロ!こんな人の多い場所で出来っかよ…」
そう言いながら顔を真っ赤にして反対側を向く新一。
…タワーブリッジで濃厚なキスをしてきたのはどこの誰よ。
「じゃあもういいよ…ふん!」
「…なーに拗ねてんだよ」
「す、拗ねてなんかないし!」
ただちょっぴり寂しいなぁって思っただけで、別に拗ねてるわけじゃな…。
「……オメーさっきレモンティー飲んだだろ」
「…不意打ちはずるいと思う」
「バーロ、隙がある方が悪ぃんだ…」
「んっ…」
発着便のアナウンスが流れる中で、新一と2度目の口付けを交わした。
ただ触れるだけのキスだけど、涙が出そうになるぐらい暖かくて、優しくて。
それまで胸に積まれていた重たいモノが、一気に淘汰されていく感覚。
ああ、もうこれで何も悩む事は無くなったんだと、明日からやってくるであろう安息の日々が、待ち遠しく感じた。