smaragd | ナノ

Zauber Karte

http://nanos.jp/968syrupy910/

感じる暖かさ


「いらっしゃい!来るの早かったね?」
「うん。荷物ほとんどまとめてあったから…」
「そっか!じゃあ入って。今紅茶淹れるね」
「お邪魔……しま、す…」


ドアを開けてまず目に飛び込んできたのは、パンツ一丁で盛大ないびきをかきながらベッドから転げ落ちてる小五郎ちゃんの姿。
それを見て何となく気持ちが少し和んでしまった私は、相当心が参ってる状態なんだと自分でも思う。


「優月ごめーん!コーヒーしか無いんだけどいいかな?」
「あ、いいよいいよ。お構い無く」


思えば、蘭と2人っきりになるのってすごく久しぶりな気がする。
いつもはあのうるさい園子もいたし、最近じゃずっと蘭の事避けてたから…。
普段だったら話題に困る事はないけど、やっぱり昨日の事が引っ掛かって、何となく居心地が悪い気が…。


「あ、あのさ蘭…。ちょっと聞きたい事があるんだけど…」
「うん?何?」
「き、昨日…来た、でしょ?新一…」
「…うん、来たよ。全身ずぶ濡れになって」
「…そっか」


何だか居たたまれない気持ちになって、黙々とコーヒーの準備をする蘭の背中から目を逸らした。
昨日、蘭と新一はどんな話をしたんだろう…。


「ねぇ優月?」
「えっ?」
「新一から聞いたけど、優月今日日本に帰るんだよね?」
「あ、うん…」
「それって何時の飛行機?」
「え?あ…えっと確か4時半、だったかな…」
「じゃあまた私達と同じ飛行機だね!」
「え、そうなの?」
「うん!はい、コーヒーどうぞ」
「あ、どうも…」


そっか、帰りも同じ飛行機なんだ…。
じゃあきっと、新一も同じ飛行機…。


「昨日ね」
「うん?」
「あまりにもムカついたから殴っちゃった」
「…誰を?」
「誰って…新一に決まってるでしょ?」
「……ええっ!?な、何で!?」
「だって当然じゃない!優月を泣かせたんだから!まぁ私も鬼じゃないから1発だけで済ませてやったけど、正直殴り足りないわよあの推理オタク!」
「ででででもっ!そ、それは色々と事情があって…」
「分かってる。新一から事情は聞いたよ」
「…ぜ、全部?」
「うん、全部」
「…何でずぶ濡れだったのかも?」
「うん。優月を川に落とした事も、お風呂場で、その……バカみたいな行動をした事もぜーんぶね!」


蘭が少し顔を赤らめた。
し、新一のバカ!
いつからそんなバカ正直な男になったのよっ!
そこまで言わなくてもいいのにっ…!


「あ、あの…新一、何か言ってなかった?私の事とか、その…他にも…」
「…うん。色々言ってたよ」
「…そう」


何を話した?
どんな事、言ってた?
結局新一は、どんな結論を出してた?
…聞けるわけないよ。
簡単に聞けたら、今こんなに悩んだりしてない
早く聞くべきだって自分でも分かってる。
分かってるけど…。


「ねぇ蘭…」
「うん?」
「……何でも、ない」
「……」


色々考えてしまって、うまく聞けない。
新一には弱いままでいいだなんて偉そうな事言ったけど、私の場合臆病なところは直さないといけない気がする。


「…私ね、」
「え…?」
「優月が羨ましいって思った」
「…羨ましい?」


蘭はニコッと微笑むと、手に持ってたカップをテーブルに置いた。
羨ましいって…何で?


「だって、新一も優月もちゃんとお互いに向き合おうと頑張ってるんだもん。2人共不器用だけど、それでもちゃんと相手を想ってる。ここに来たのがその証拠じゃない」
「……」


そんな事ないよ、蘭。
私は新一の事より、自分の事しか考えていなかった。
最初から新一の事を考えて行動していれば、こんな結果は生まれなかったんだよ…。


「新一、すごく後悔してたよ」
「…後悔?」
「自分は何てガキなんだろう、自分から別れを選んだんだから、優月が別の人とキスとかしたって文句は言えないはずなのに、って…」
「ち、違う!新一はガキなんかじゃない!悪いのは全部私なの!」
「優月…」
「私が後先考えずに行動したせいで!…その、せいで、新一を…傷つける結果になっちゃって…」
「……」
「ら、蘭なら分かるでしょ…?どんな理由があろうと、新一を裏切ったのは事実だって事ぐらい…」
「…うん。確かに優月は新一を裏切ったのかもしれない。でも新一はそう思ってないんじゃない?」
「……えっ?」


ど、どういう事…?
だって、昨日新一すごく怒ってた…。


「ふふっ、あいつ相当優月が大好きなんだね。あんなに弱ってる新一、17年間一緒にいて初めて見た」
「……」
「私も2人の様なカップルになりたい、って改めて思ったもん」


何だか、うまく言い表せない複雑な気持ちになった。
私よりも長く新一と一緒にいた蘭がこう言うんなら、信憑性のある言葉だと思う。
でも、いくら蘭がそう思ったって、私は新一をひどく傷つけた。
それは変えようがない事実なのに…。


「…私、」
「うん?」
「これからも、新一のそばにいたい」
「…じゃあちゃんとその気持ちを新一にぶつけ」
「でも、いいのかな…」
「え…?」
「だってさ、大好きな人を傷つけたんだよ?それなのに一緒にいたいだなんて、そんなの、虫が良すぎると思うんだ…」
「…泣かないで、優月」
「っ…」
「ほら、こっち向いて」


ああ、何でまた泣いてんだろう私…。
自分が嫌で嫌で仕方が無い。


「…優月は、何事にも遠慮し過ぎる」
「ふぇ…?」
「それが優月の長所でもあるし、短所でもあるんじゃない?」
「…だって、」
「うん、分かるよ気持ち。自分自身を過大評価してる人間なんかよりずっといい。でもね優月、そんなんじゃせっかくのチャンスも、自分が掴むべき幸せも、みーんな逃げちゃうよ?」
「……」
「バイオリンだってそう。優月すごく上手なんだし、もっと向上心持てば今よりも格段に腕が上がると思うよ?」
「……」


向上心…。
蘭はきちんと持ってるけど、私にはそんなもの無い。
だから、ダメなのかな…。
だから、何事も中途半端に終わらせてしまうのかな…。
向上心さえあれば、新一との関係性も、更に良いものに変えられる…?


「…話戻すね。新一との事は2人の問題だから私は何も口出せないけど…。でも、ちゃんと新一に素直にぶつけてみた方がいいんじゃないかな?優月の本当の気持ち」
「本当の、気持ち…」
「うん。何が最善の選択かなんて、そんなの誰に聞いたって分かるはずない。大事なのは自分の意思だよ優月。自分が望む結果になるように、まずは自分から動かなきゃ。抑え込んで自分に嘘ついてたら、絶対後悔する事になっちゃうよ?」
「……」
「優月と新一が出した結論には絶対に間違いはないって信じてるよ、私。だから仮に優月と新一がこのまま終わる事になっても、私達3人はいつまでも仲の良い幼なじみのままだから。ね?」
「……」


言葉もそうだけど、私の顔を拭いてくれる蘭の手つきがすごく優しくて。


「……と」
「うん?」


その表情も、すごく柔らかくて。


「ありがとう、蘭…」
「…なに言ってるの。私達親友でしょ?優月の鼻水拭くぐらいどうって事ないよ」


心が、溶けていく。
そんな感覚がした。


「あーあ。優月の鼻、滝みたいになってるよ?ここに新一いたら何て言ってくるんだろうね?」
「ぐすっ…。絶対、バカにしてく、るっ…」
「ふふっ。でもそれがアイツの愛情表現だって事ぐらい、私にも分かるよ?」
「……」


愛情…。
新一はまだ、私の事を想ってくれてるのかな…。


「…顔、洗ってくる」


鏡に映った自分の顔。
目の下に隈が出来てるし、昨日泣き通したせいで瞼が腫れぼったかった。
…こんなんじゃ、どっちみち新一に会えない。
蘭に保冷剤を貸してもらう事にして、気持ちを落ち着かせる為にコーヒーを1口飲んだ。
蘭がいつの間にか淹れ直してくれたみたいで、温かいコーヒーは私の体にゆっくりと優しく、取り込まれていく。
それがヤケに心地よかった。


「ところで優月、ずっと気になってたんだけど…」
「うん?」
「新一とどうやって仲直りしたのか教えなさいよ〜?」
「……」


ニヤニヤ、いや、ニマニマ?
隣に座ってきた蘭にいきなり小突かれた。
な、なんか蘭、少し園子に似てきてない…?


「ど、どうやってって聞かれても、別に普通に仲直りしただけだよ?」
「えー?そんなんじゃちっとも分かんないじゃない、もっと具体的に教えてよ!」
「ぐ、具体的って言われても…。あ、そういえば」
「なになに?」
「ラブは0なんかじゃない、だったかな…」
「…え?」
「新一がね、私を見つけるなり大声で叫んできたの。『0は全ての始まり。そこから出発しないと何も生まれないし、何も達成なんか出来ないんだ!』って…」
「…新一がそう言ったの?」
「うん。周りに人がいっぱいいる中で声張り上げながらね」


思えばあの時、周りに結構人、いたよね…。
…何か、今になって恥ずかしくなってきちゃったな…。


「それ、すごく良い言葉だね」
「…うん、すごく新一らしい」


今日の午後には帰らなきゃいけない。
飛行機に乗る前に、新一と話せないかな…。


「ねぇ優月、もしかして昨日寝てないんじゃない?顔色悪いよ…?」
「ああ、うん。新一との事考えてたら全然寝れなくて…」
「そう…。じゃあ飛行機の時間まで寝てなよ。時間になったら起こしてあげるから」
「…そう?じゃあ少し横になろうかな」
「うん、おやすみ」


ベッドに入った瞬間、ドッと疲れが出てきてあっという間に瞼が重くなった。
枕元に置いていたケータイのランプが点滅するのを見届けながら、私は深い眠りに落ちていった。


bkm?

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -