「貸せ、カードキー」
「うん…」
しつこく謝るのもどうかと思うし、かといってペラペラ喋る雰囲気でも無くて。
ただ黙って新一に引っ張られながらホテルに帰ってきた。
自分に非がある事は分かってるけど、やっぱり気が重いな…。
カチャッ、と静かにドアが閉まる音が背後から響く。
…これで、私と新一は2人っきり。
第三者の介入は一切出来なくなったわけで…。
「はぁ…」
絶対怒鳴られるんだろうな…。
新一の背中を見ながら重くなった気持ちを引き締めて、これから起きる事に対しての覚悟を決めた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「…新一?」
「…は?」
「あ、えっと…」
どうして何も言ってこないんだろう…。
確かに怒鳴られるのは怖いし嫌だけど、こうやって黙ったままでいられる方が精神的につらいよ…。
「あ、あのさ…」
「……んだよ?」
何か話さなきゃ。
この圧迫感に押し潰される前に、何とかしなきゃ。
気持ちが焦るばかりで、どう切り出せばいいのか全然見出だせなかった。
「…お、お風呂!」
「……は?」
「そうよ、お風呂に入ろう!新一!」
「……風呂?」
「ほ、ほら!お互いこんなに濡れちゃってたら話し合いなんて出来ないし、何だか寒くない?それにキレイになれば気分だって少しは変わると思…っ、ちょ、ちょっと新一!?」
私が言い終わらない内に、新一は乱暴に私の腕を掴んでバスルームへと連れ込んだ。
「ね、ねぇ服は?脱がないの…?」
新一は服も脱がず、シャワーの蛇口を限界まで捻った。
シャワーヘッドが高い位置にあるせいで、あっという間に私も新一もずぶ濡れ状態。
「し、新一…?」
「……」
私が声をかけても、新一はずっと背を向けたまま何も話さなかった。
ただ、新一の肩がずっと小刻みに震えていて。
ザーーーー、っと無機質に、シャワーの音がバスルームに響くだけ。
「ね、ねぇ…?お風呂入るんなら服脱がない、と…っ!?」
それまで私に背を向けてた新一が、突然私を壁に押し付けてきた。
そのせいで後頭部と背中に鈍い痛みが走る。
「痛っ!し、新一やめっ…なに、す…」
シャワーから出るお湯がピンポイントで当たり、私達を容赦無く濡らしていく。
それでも新一は、私の胸倉を強く掴んだまま離さなかった。
「く…苦しっ…」
襟が首に食い込んで、息をするのもつらい。
目をうっすら開けると、新一はすごく苦しそうな表情をしながら、私を睨み付けてきてて。
それを見た瞬間。
すっごく今更だけど、ここに帰って来てからの自分の言動を、激しく後悔した。
「アイツとどんな事したんだよ」
「…えっ?」
「っ、黒羽とどんな事したのかって聞いてんだよ!!」
「なっ…」
明らかに新一は怒ってる。
でも私が信じられなかったのはそんな事じゃない。
どうして?
何で新一はわざわざそんな事を聞いてくるの?
そんな事を聞いて、新一はどうするの?
「ど、どんな事って…キス、とか…その…」
脳裏にあの日の事が鮮明に蘇る。
今まで、こうやって思い出す事は無かっただけに、何だか恥ずかしいような、照れ臭いような。
よく分からない気持ちになった。
「…オメーさっき、入れる寸前までって言ったよな?」
「あ…う、ん…」
「証拠は?」
「……えっ?」
「それを証明する証拠はどこにあんだよ」
「な、何言ってるの?そんなの、無いに決まってるじゃない…」
確かに論より証拠、とは言うけどさ?
私と快斗がSEXしなかったなんていう証拠なんて、どこにも…
「…ほんとはこういう事もしたんじゃねぇの?」
「え、っ!?」
新一が私の片足を持ち上げた直後、下半身に独特の痛みを感じた。
「いっ!痛いやめて新一っ!痛いよやだっ!!」
私がいくらそう言っても、新一は止めてくれなかった。
それどころか、私の両足を持ち上げて更に奥へと入り込む。
「う、あ、あ…んあっ!?」
反射的に新一の肩にしがみついた直後、自分の身体が上下に揺れ出した。
「い、や…!やめ…っ、あ…ぅ…」
新一の怒りと悲しみが、私の下腹部の奥深くに激しくぶつかる。
そのせいで、うまく声が発せない。
「し、ん…いちっ…」
名前を呼んでも、新一の動きは止まらなかった。
傷つけた側の抵抗なんか、毛頭受け入れる気すら無いのかもしれない。
「はあっ、はあっ…」
昔ラディッシュの知り合いが言っていた。
痛みを紛らわす方法は、呼吸を変える事だと。
こうやって呼吸を整えれば、少しくらいの痛みならマシになる、かも…。
「っ…!いや、あっ!」
目の前が揺れ、視界がブレる。
新一の動きが、より一層激しくなった。
目が眩む程の痛みが下腹部を襲い、拒絶する言葉すら出す事が出来ない。
けれど、この痛みが私への罰ならば、私は黙ってそれを受け入れるしかないのだと思う。
「…は…あ、っ…」
試していた呼吸法も忘れ、私はただ、新一の動きに身を委ねた。
ぐぐっ、と押し付けられた奥深い場所から鈍い痛みが広がるのを、歯を食いしばって必死に耐えた。
そうしなきゃ、新一の感情の行き場が無くなってしまう。
私が拒絶したら、新一をまた悲しい気持ちにさせてしまう。
「っ…!」
どくん、と。
中で何かが脈打つ感覚がした。
「ひ、やぁっ…!」
下腹部全体に、熱が広がってゆく。
今まで感じた事の無いその感覚に、私は言い表せない気持ちになった。
この行動が、新一なりの罰ならば、私はそれを受け入れるしかない。
そう思っていたはずなのに、いざ突きつけられれば簡単に怯んでしまう気持ちの弱さ。
私は一体、何を覚悟したっていうの…?
新一の気持ちを分かったフリして、本当はちっとも分かってなんか無かったんじゃないの…?
「痛いよ新一っ…。こんな事、しないで…」
ふと、それまで下半身に感じていた異物感が無くなった。
でも今、自分が何をされたのかという事を考えたら、あまりにもショックで、立つ気力も全く無くて。
ズルズルと、床に座り込んだ。
頭に容赦無く降り注ぐシャワーのせいで、自分が今泣いてるのかも、新一がどんな表情をしてるのかも、分からない。
まさか、新一に…。
大好きな人に、こんな事されるなんて思わなかった…。
「今日、蘭のところに泊まる」
分かってる。
今の私に、止める権利なんか無い。
「やだ…。行かないで」
そう頭では分かってるのに、気付いたら、震える手で新一の服の裾を引っ張ってる自分がいた。
「…オメーはどう思う」
「…え?」
「俺が蘭と一線を越えたら、オメーはどう感じるんだよ」
「っ…」
何も言い返せない。
私は新一を裏切ったんだ。
反論するなんて、そんな馬鹿げた事できるはずがない。
「…ふざけんな」
乱暴にドアが閉まる音と共に、新一はバスルームから出て行った。
「私、最低だ…」
これは、涙のせい?
それとも、沸き立つ湯気のせい?
視界がぼやけて、何も見えない。
本当はまだ、すぐそこに新一がいて、私に一言、ごめんなって。
蘭のところに行くなんて嘘だよ、って…。
そう言いながら、駆け寄ってきて抱きしめてくれるんじゃないかって…。
そんなバカみたいな淡い期待を抱いてしまった私は、何て愚かな人間なんだろう。
「ごめんなさい…」
後悔したって、もう遅い。
「ごめ、なさっ…!」
どんなに悔やんでも、時間は取り戻せない。
行為はしていないにしても、私は快斗と友達という境界線を越えた。
新一が怒るのも無理は無いし、嫌われたって、何も言えない。
それほどの事を、私はしてしまったんだ。
ただ途方に暮れながら、新一が出て行ったドアを見つめ続けた。