smaragd | ナノ

Zauber Karte

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The Valley of Fear


「説明しろ。黒羽とするキスなんかとは比べ物にならないってどーゆー事だよ」


心臓がビクンと跳ね上がる。
……えっ?
な、何でバレた?
もしかして私、ポロッと言っちゃった…とか?
……嘘だっ!
そんなバカな事が!!


「さっさと説明してもらおうじゃねーか。ああ?」


新一が私の頭をぐらぐらと揺らす。
とっ、殿がご乱心になりかけてる…!
顔怖い目が据わってる血管浮き出てるっ!!


「し、知りません私は一切存じ上げません!!」
「とぼけんじゃねぇ。正直に言え」
「痛いですやめて下さいホントに知りません私は知りません断じて知りませいったぁーいー!!」


ぬ、抜ける抜ける!
髪が抜けるって!!
いや、このままじゃ髪はおろか頭皮まで剥がれるってばー!!


「俺の堪忍袋の緒がキレる前にさっさと言えっつってんだよ」


ぐいっ、と顔を近付けて低い声で威圧する殿下。
…い、い、今なら圧力鍋にかけられてる具材の気持ちが分かる気がする!!


「と、とりゃあっ!Three wise monkeys!これで黙秘権を主張するでござるっ!」
「…どーしても言わねぇってか?」
「見ざる言わざる聞かざるっ!黒羽って誰それ分かりませんよ私は!」
「…ふーん、分かった」


自分でも、何てバカな事してるんだって思う。
こんな事したって、もう新一を誤魔化す事なんて出来っこないのに。
でっ、でも悪足掻きするぐらいいいじゃないか!
別に減るものでもない、し…


「…あれ?」


勢いよく体が真横になった直後、新一の白いズボンがボヤける視界に映った。
それと同じくして、体がブランコみたいにゆーら、ゆーらと揺れて…。
…うん?揺れてる?


「………き、きゃあああああっ!!!」


全身の血液が凍りつくような感覚。
酔いなんか一瞬で覚めた。
な、な、な、何で下に川があるの!?


「えっ!?ちょ、どうなってんの!?」


慌てて上を見ると、無表情で私の手首を掴んでる新一がいて。
私は今にも落ちそうになってて…!
なっ、なに考えてんのコイツ!!


「新一やめて!お願いっ!落とさないでっ!!」
「じゃあさっさと教えて貰おうか。あのキザなこそ泥と一線を越えたのかどうかをな…!」


フッ、と鼻で笑いながら口角を上げて言う新一は、今まで見た事も無いぐらい冷徹な目をしていた。


「こ、こんな悪ふざけやめてよ!!私が泳げないの知ってるでしょ!?お願いだから早く引き上げ」
「オメーさぁ、」
「えっ、」
「これがただの悪ふざけだと本気で思ってんのか?」
「…え」
「俺は本気だぜ?5秒以内に正直に言え。さもないと、」
「ひゃ…っ!?」
「オメーを恐怖の谷に落としてやるよ」


ガクッ、と体に伝わる振動。
ほんの10数センチ、川に近付く私の体。
それだけで、泳げない私の頭はパニックに陥った。


「ししし新一の鬼!悪魔!閻魔大王っ!!わざと手の力を緩めて脅すなんて酷すぎる!!」
「オメーがさっさと言わねぇからだろーが」
「ゆ、言うから!全部正直に話すから!だから早く引き上げてよ!」
「…」
「…」
「…」
「…」
「却下」
「なっ…」
「今この状態で言え」


も、もうやだ!
なにこのドSっ!
自分の彼女に何でこんな有り得ない事してんのよーーっ!!


「ふえ、怖いよぉ…。助けて誰かあっ…」
「5、4、3、2」
「うわぁーーん!!ごめんなさい新一ぃ!快斗と入れる寸前までしちゃっ…!!?」


右手から温もりが消えた。


ざばーーーんっ!!


…と感じた時には既に遅く。
私の体に一気に冷たい水がまとわりついた。


「…ぷはっ!た、助けて新、いちっ…!」


ふ、深いっ!足つかないっ!
やだやだやだやだっ!
む、むり!
無理無理無理ぃーー!
死ぬっ!!
誰でもいいから早く助けて殺されるっ!
テムズ川に殺されて魚の餌になっちゃうーーっ!


「げほっ、げほっ!!」


…そんなわけも無く、呆気なく新一に助けられた。
助けるんだったらもっと早く助けに来てよ!
本気で死ぬかと思ったじゃん!


「し、新一のバカァーーー!!」
「うるせぇ、耳元で叫ぶな」
「だって!そもそも新一がいきなり手離し」
「優月」
「なっ、何よ…」
「帰るぞ」


私を降ろして強引に手を引っ張って歩きだした新一。
…なによ。
自分から手を離したクセに、何で助けたのよ…。
一瞬そう思ったけど、助けてくれなかったら溺死してたわけで…。


「びしょびしょじゃん…」
「バーロ、俺だって同じだ…」


さっきと違って、新一の声が悲しく聴こえた気がした。
…ああ、何やってるんだろ、私。
また新一を傷つけてしまった。
私のせいで、また新一を…。


「し、新一あの…」
「……」
「えっと…その、ご、ごめん、なさい…」
「……」


新一は何も言わなかった。
その代わりに、掴んでいた私の手首を、きゅっ、と強く握ってきた。
…私、ロンドンに来てから、いっぱい後悔してばっかりだ。
どうして新一を傷つけてしまうんだろう。
絶対言ったらダメだって、言わないって、誓ったのに…。
お酒なんか、飲まなければ良かった。
あのまま、新一におぶられながら、寝ちゃえば良かったんだ…。
ううん、そもそも私があの日、快斗を家に上げなければ、こんな事には、ならなかったのに…。
…何てバカなんだろう。
何て自分は、浅はかだったんだろう…。
後悔の涙が溢れないように空を見上げると、煌々と輝く満月が、漆黒の夜空に浮かんでいた。


bkm?

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