smaragd | ナノ

Zauber Karte

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赴くままに


「…2人で何してんの?」
「見りゃあ分かんだろ?チェスだよ、チェス…」


新一は黒い駒を置きながらため息混じりに答えた。
…そういう事聞いてるんじゃないんだけど。


《やぁ、マイハニー。今日も宇宙一キレイだよ》
《おいクソガキ!俺の女にキザなセリフ吐くんじゃねーよっ!》


…類は友を呼ぶ、なんてことわざがあるけど、まさしくこの2人にピッタリなことわざだと思う。


《はぁ…。せっかく会えたというのに、相手をしてやれなくてすまないね。だが許してくれ。僕は今、この精神の訓練場でキミを賭けた闘いをしているんだ。この凶悪な魔王とね…》
「はっ!?」


ああ、何でこの2人がチェスをしてるのか解った気がするわ…。


《僕は必ずこの闘いを征し、キミを助け出してみせるよ!》
《おい!だから人の女を口説くんじゃねーよっ!つーか魔王って何だ魔王って!》
《ほら貴様の番だ、さっさとしろ。それともアレか?怖じ気付いたのか?》
「テ、テメェ…!!」
「まぁまぁ、落ち着いて新一…」
「バーロ!これが落ち着いていられるかっ!」


うん、解るよ。
新一がジェイデンを気に食わない気持ちは。
だってこの子、少しだけ顔立ちが快斗に似てるんだもん。
それに加えてこんなセリフ吐かれたら、いくら子供相手でも新一が怒るのも無理はない。


「でもほら、相手は小学生だし…ね?ここは大人になろうよ」


ぐっ、と拳を握りしめながら堪える新一。
それを見て、ああ、何て可愛い人なんだろう、って。
とんでもなく場違いな事を思ってしまった。


《さっさとしてくれないか!?ゲームはまだ終わっちゃいないんだ!》
《ジェイデン!その口の聞き方は止めなさい!年上に対しては敬意をはらうべきよ!それにチェスはセンスを鋭くし、精神を引き立てるゲーム。怒鳴り合いながらするのはおかしいわ!》
《ご、ごめんなさい…》
「へっ、ざまぁ見ろ」
「し〜ん〜い〜ち〜?」
「ご、ごめんなさい…」


2人で静かにゲームを再開し始めたのを見届けたあと、ソファに寝転がった。
…ま、既に勝敗は見えてるようなものだよね。
あの優作さんの指導でチェスを極めた新一からしてみれば、子供の相手なんて朝飯前だわ。


「優月」
「うん?」
「俺、負けるかも」
「…」


へぇー…。
新一が弱音吐くなんて珍しい事もあるんだ…。


「…負けてあげたら?相手は子供だし」
「はぁ!?」


新一はチェスが異常に強い。
それこそ世界大会にいけるんじゃないかってぐらい。
その新一の口からこんな発言が出るなんて…。
この子、快斗と優作さんの下で修行させたらとんでもない人間になるんじゃ…?


コト…


それにしても、何でビッグ・ベンが2回も出てきたんだろう…。


コト…


新一に聞いてみたいけど今は無理だし…。
暗号に慣れてる快斗に電話して聞いてみようかな?


コト…


ううん、やめとこ。
アイツに聞くなんて私のプライドが許さない。


コト…


う〜ん、分っかんないなぁ…。
どうしよう…。
やっぱりこれ終わったら新一に相談してみようかな…。


カタン


《チェックメイト》


駒をボードに置く音がしばらく続いた後、それまで無音だった部屋に新一の声が響いた。
えっ、この人…勝っちゃったよ…。


《……》


また勝負を挑むと思っていた私の予想に反して、ジェイデンは何も言わなかった。
それはつまり、もう降参した…って事なんだろう。


《フッ、僕は今日ツいてなかった様だ…》
《運に頼るんだったらトランプかルーレットで遊んどけ。チェスはそんなに甘いモンじゃない》


うん、そうそう。
新一の言う通り、チェスはとっても奥が深いゲーム。
頭をフルに使って2手3手と先に読まなきゃ、とてもじゃないけど相手を負かす事なんか出来ない。
それこそ運なんかに頼っていたら痛い目を見る。


《そうだな、僕の完敗だ。キミには参ったよ…》


そう言いながらジェイデンは、チェス盤と駒を片付け始めた。
…この子が可哀想に見えてきた事は、新一には黙っておこう。
絶対怒り出すもの。


《…オメーに1つ教えてやる。勝ったゲームなんかよりも、負けたゲームの中に沢山学ぶ事がある。強くなるには何百回と負けて学ばなきゃならねぇんだ。負けた時の悔しさをバネにして何度もやれば、そのうち納得のいくゲームが出来る様になる》
《…キミはその経験が?》
《当たり前じゃねぇか。それこそ何千回と負けたよ。俺はソイツには一生勝てないだろうな…》
《…そうか》


新一が一生かかっても勝てない相手…。
それは優作さんの事だろう。
未だ1回も勝った事が無いって前に聞いた事があるし…。
でも、新一ならいつか勝てる日が来るんじゃないかな、って。
そう思うのは、少し買い被りすぎかな…。


《優月》


不意にジェイデンが私の前に来て、何かを差し出した。


《キミにこれを渡す為に、今日ここに来たんだ…》
《…この封筒、何?》
《約束していたウィンブルドンのチケットさ》
《えっ、いいの?貰っちゃって…》
《ああ、せっかく遥々日本から来たんだ。今の時期、ウィンブルドンを観戦しないとロンドンに来た意味が無いだろう?》
《ジェイデン…》
《これは僕からキミへの、最初で最後のプレゼントだ。受け取ってくれ》
《…ありがとう》


少し泣きそうな顔をしながら、私に微笑みかけたジェイデンを見て思った。
この子はまだ8歳の子供だけど、自分の気持ちに素直に従って思うままに行動して…。
そして自分でちゃんと、ケリをつけたんだ。
…見習うべきだね。
私も、新一も。


《なぁ、ジェイデン》
《…何だ?》
《オメーはチェスには向かねぇ人間だ》
《…》
《チェスは盤上の戦争。目的は相手の精神を砕くことだ。だから心優しいヤツにはチェスなんか出来やしねぇんだよ…》
《フッ、逆にキミはチェスに向いている様だな。立派な戦略家の証だよ…》


ジェイデンはそう言うと、部屋を出て行った。
新一もジェイデンから何かを学んだんだろう。
事実上チェスには勝ったけど、何だか引き分けに終わった様な気がしないでも無い。


「新一」
「…ん?」
「おいで?」
「…」
「ありがとう。よく頑張ったね」


新一を抱き締めると、服が汗でビッショリと濡れていた。


「もしかして新一、コナンに戻りそ、うっ!?」


新一の体重が突然私にのし掛かり、2人でソファに倒れ込んだ。
完全に新一の身体から力が抜けてる…!


「新一歩ける?隣の部屋に行った方がい」
「いや、いい…」
「え?」
「優月の、隣に、いたいっ…」
「…」


ギュッ、と私を抱き締める新一の腕の力が、更に強くなった。
感情の赴くまま素直に言ってくれた新一が、たまらなく可愛いなって感じた。


「…いいよ。新一頑張ったもんね。お疲れ様」


熱くなった体を強く抱き締めながら頭を撫でると、フワッと新一の匂いがした。
早く、組織との決着がつくといいな…。
そう思いながら、少しずつ小さくなっていく新一の体を、強く抱き締めた。


bkm?

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