smaragd | ナノ

Zauber Karte

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秘密の倉庫


……ここは、どこ?
暗いし、何だか、肌寒い…。


「…誰か、いないの?」


真っ暗な空間に、私1人だけ取り残されてて…。
辺りには誰もいないし、何も、見えない…。


「…新一ぃ、」


どこなの?
どこに、行っちゃったの?また、私から、離れていっちゃったの?


「嫌だよ、新一っ…」


行かないで…
どこにも、行っちゃやだよ…


「もう、置いてかないでよ新一っ…」
「…行かねぇよ、どこにも」


フワッ、て。
私の体が、突然、暖かい温もりに包み込まれた。


「オメーを1人になんかさせねぇ。ずっと傍にいてやるから…」


……うん。
新一がいてくれるのなら、私はもう……何も、望まない…。


「だから…」
「え?」
「どうか、俺と…」


新、一…?


「……う…ん」


目を開けると、真っ先に目に入ったのは見慣れない天井で。
…ああ、夢か、って。
妙に残念な気持ちになった。


「…ふふ」


でも、あんな幸せな気持ちになる夢、久しぶりに見たなぁ…。
でも夢の中の新一は、一体何を言おうとしてたんだろう…?
ま、いっか。
たかが夢だもの。


「…あれ?」


ふと隣を見ると、一緒に寝ていたはずの新一の姿がどこにも無かった。
きっとトイレにでも行ったの、か…な…


「……あっ」


新一が寝てた場所に、無意識に伸ばした左手。
その左手の薬指には、しばらくつけていなかった指輪が、キラキラと銀色に光っていた。


「し…新一っ!!」


ベッドから飛び起きてバンッ!とリビングルームのドアを開けると、ソファに座って電話してる新一の姿が目に入った。


「…えっ!?あ、いや…オ、オメーの聞き間違いだって!そ、それよりキャッチ入っちまったからまたな!」


そう言って慌てて電話を切る新一。
…誰と電話してたんだろ?
ううん!
今はそんな事どうだっていいわ!


「オメーいきなりビックリすんだろ!?蘭にバレたらどうす」
「新ちゃぁあぁあん!!」
「ぶはっ!」
「私、もうぜっったい!新一も離さないし、指輪も外さないからねっ!」


キャミとショーツだけでしかもノーブラだけど、そんなの気にしないっ!
今はもう、新一が大切に指輪を持っててくれた事がすごく嬉しいっ…!


「のわっ!?」


体が突然、くるっ、と回転した。


「…え?」


かと思うと、私の視界にはニヤッ、と口角を上げて笑ってる新一の顔があって…。
…あ、あれ?
私…さっきまでソファの背もたれ見てたよね…?
な、何で白い天井が…?


「し、新一…?」
「…据え膳食わぬは男の恥」
「えっ、」


新一がそう言った直後、首筋と胸に熱を感じた。


「ちょ、新一っ!」


朝っぱらから何この人発情してんの!?


「んっ、や、やだっ…」
「声我慢すんなよ」
「べ、別に我慢なんか、ひあっ…!」


新一はいつもそうだ。
事件が起きれば抑えが効かなくなるし、行為の時も然り。
周りの事なんか二の次で。


「ほら、こっち来いよ」
「…」


でも、何だかんだで拒絶しない私も、どうかしてるのかもしれないなって。
ちょっと、思ったりもした。


「そういや優月」
「んっ、な…何?」
「オメーさぁ、あの暗号解けたか?」
「………」
「…おい、何止まってんだよ」


そりゃあ止まりたくもなる。
頑張って人が腰を動かしてたっていうのに、何でコイツは平気な顔で事件の話をしてくるのだろうか。
…この推理オタク!
いっぺん痛い目に合わせてやらなきゃ気が済まないよっ!


「…解けたよ。まだ2行残ってるけど」
「えっ、ホントか!?じゃあ俺に教え」
「やだ」
「…は?」
「教えない。新一になんか、絶対教えない」
「はぁ?意味分かんねぇ…何でだよ?」
「……」


"意味、分かんねぇ"?
"何でだよ"?


「……新一の」
「へ?」
「新一のバカ!推理オタク!」


もう少し集中してよ…!


「今は…余計な事は考えないでっ…」
「優月…」
「私の事だけ、考えてよ…」


少しでいい。
ほんの一瞬でいいから、私の気持ちを考えて欲しい。
私の全てを、その身体で感じて欲しい。
そう思うのは、私が我が儘だからなの?


「ごめんな…」
「……」
「もう、暗号の事なんか考えねぇから…」


…バカ。
本気で怒ってなんかいないよ…。


「だから、泣くなよ…」


痛い目見せてやろうと思って、ちょっとだけ、意地悪しただけ。


「オメーの涙が、一番見たかねーんだよ。俺は…」


なのに新一は、私の流す涙を見て、悲しい顔をしてくれた。
その顔を見て、ああ、私って何て幸せなんだろ…って。
ホントに泣いてしまいそうなぐらいの幸福感と、ほんの少しの罪悪感に包まれた。


「…暗号はあとで教えるから」
「…うん」
「だから、今はたくさんぎゅっ、てして」


新一に優しく抱き締められて、大好きな匂いに包み込まれる。
この瞬間が、たまらなく好き。
繋がる部分からは、新一の温度を。
触れ合うクチビルからは、新一の愛をいっぱい感じる…。
こんなに胸が苦しいのは、愛が募りすぎてるからなんだ。
でもそれは、すっごく幸せな事だと思う。


「…言い訳になるかもしれねぇけど」
「っ…な、に?」
「いつもはちゃんと、っ…優月の、事しか…考えて、ねぇからっ…」
「う、ん…」


昨日、今日といっぱい愛し合ったけど、まだ足りない。
心と、体が。
私の全てが、目の前にいるこの人を欲しがってる。
多分それだけ、新一不足が激しかったのかもしれない。
だから思う存分、触れ合えばいい。
嫌という程、感じ合えばいい。
愛って、そういうものだと思う。


「…ここ、まだ痛む?」


恥ずかしさも消え失せ、何ヵ月ぶりかの新一とのお風呂。
2人で浴槽に浸かると、新一のわき腹に残る傷跡が目に入った。


「いや?もう平気だよ。つーかまだ痛かったら昨日あんなに走れてねぇだろ」
「あはは、それもそうだね」


私が今こうやって笑顔でいられるのは、新一が生きているから。
だから、助かった事に心から感謝しなければいけないと思う。
でも、もしかしたら…。
当たり所が悪かったら、新一は死んでいたかもしれなくて…。


−じゃあもうキャンプ行ったまま帰って来なくていいわよ!−


私の、せいなのかな…。


−し、新一が拳銃で撃たれた!−


私が、あんな事思わなかったら…。
新一は、キレイな体のままだったのかな…。


−弾は貫通してるけど、出血が多く腎損傷の可能性もあるって…危険な状態らしいわ…−


傷跡に恐る恐る触れると、あの日の事が鮮明に甦ってきて、息が苦しくなる。
あんな小さい弾1つで、人間の命なんて簡単に消えてしまうんだ…。


「優月?」
「…あの日」
「ん?」
「新一が、キャンプの打ち合わせをしに、博士のうちに行くって言った時…」
「…おー」
「私、新一なんて、二度とキャンプから戻ってくるなって、思っちゃって…」
「…うん」


新一は、震える私の手をギュッと強く握ってくれた。


「新一がっ…撃たれた、って、博士から電話、あった時…」


私は、自らこの温もりを消そうとしてしまっていたんだ…。


「すご、くっ…後悔、して…」


バシャッと水が跳ねる音がした後、気付いたら私は新一の腕の中にいた。


「今で、もっ…」
「分かってる」
「後、悔…してて、っ…」
「分かってるから、それ以上言うな」
「っ…」
「優月はこれっぽっちも悪くねぇよ。…悪いのは、この俺なんだ。俺があの日、オメーを傷つけちまったせいなんだよ…」
「っ、ちが…」


ああ、どうして私は肝心な時に泣いてばかりなんだろう。


「新、一は…悪、くっ…ない…」


新一は私を一切責める事はしないで、優しく抱き締めてくれた。
いっその事、お前のせいだって言って欲しかった。
私が新一の気持ちを考えないで、無神経な行動をしていたせいなんだから…。


「ごめ…なさ…」
「謝んなよ」
「っ…でも」
「次謝ったらテムズ川に突き落とすからな?」
「…ハイ」


正に、泣く子も黙る声。
ほんとに突き落とすつもりなんか無いって分かってるけど、こんな低くて迫力のある声で言われたら、涙なんか嫌でも止まる。


「…優月が後悔する必要なんかねーから。悪いのはあの強盗犯。ただそれだけ。分かったな?」


新一が軽く慰めてくれただけなのに、ずっと胸に引っ掛かってたモノが、スーッと、跡形もなく消えた。


「…うん。ありがとう新一」


いつもそうだ。
新一は私を簡単に笑顔にしてしまう。
…私にも、こんな力があればいいのに。
そしたら新一を…ううん、私の周りにいる人達みんなを、笑顔にしてあげられるのに。
そんな人間に、なれたらいいのに…。


「…優月も気を付けろよ?」
「え?何に?」
「拳銃だよ拳銃。オメーだって一応探偵なんだからさ」
「…ご心配無く。私は新一みたいにそんなヘマしたりしませんから」
「…」


ふん!
一応って何よ、一応って。
失礼な事言わないでよね!


「オメーさぁ、」
「…何よ?」
「弾が掠っただけでも大泣きしそうだよな」
「なっ…何よそれ失礼ね!私はそんなすぐに泣かないもん!」
「ホントかぁ?」
「当たり前でしょ!?子供じゃあるまいし!それに女ってゆーのは痛みに強く出来てるの!だから掠っただけじゃ泣かないよっ!」
「へいへい。わぁーった、わぁーった」


なっ、何よその態度!
ニヤニヤしちゃってやな感じ!
言っとくけど、アメリカで探偵やってた頃は私だってそれなりに色んな危険に遭遇してたんだからね!?
……全部ラディッシュが未然に防いでくれてたけど。


「…そーゆー新一はどうなのよ?」
「ぁん?」
「ホントは撃たれたあと、こっそり泣いてたんじゃないのぉ〜?元太くんにおんぶされながら!」
「はぁ?オメーなにバカな事言ってんだよ。腹が貫通しちまってんのに泣いたって体力消耗するだけじゃねーか。泣くだけ無駄だっつーの」
「ふん、どうだか!口では何とだって言えちゃうし!」
「…オメーよく考えてみろって。あの3人と一緒でしかもすぐそこには強盗犯が迫ってんだぜ?メソメソしてる状況じゃねーだろ」
「それは、そうだけど…」


何よ!
真面目に答えちゃって。
仕返しするつもりだったのに、これじゃあつまんないじゃない…。


「…あの時俺さ、」
「え?」
「あの3人を無事に外へ出すっていう想いはもちろんあったけど、どうせ死ぬんだったら優月の顔を見てからだ、って想いの方が強かったんだぜ?」
「えっ…」
「だからギリギリまで何とか意識を保つ事が出来たし、あの激痛の中、推理が出来たんだよ」
「…」


新一は私の事をこんなにも想ってくれてたのに、私は何をやってたんだろう…。
新一が苦しんでる時、そんな事も知らないで…。


「さ、そろそろ出るか、って…優月?」
「…まだ、」
「え?」
「もう少しだけ、こうやってしてて…」


私の事をこんなにも愛してくれてる新一を傷つけたくない。
新一が悲しい顔をするのは見たくない。
だから、あの事は…。
快斗とキスした事は、黙っておかなくちゃいけない。
そう、あれは夢。
あくまでも幻覚だったんだ…。
完全に消す事が出来ないのなら、二度と思い出さないように鍵をかけて秘密の倉庫にしまいこんでおこう。
優しく抱き締めてくれる新一の腕の中で、そう胸に誓った。


bkm?

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