「じ、じゃあもう解毒剤残ってないの!?」
「おー。帰りの分しか持ってきて無かったしな」
「…ねぇ、1つ聞きたいんだけど」
「ん?」
「念のため余分に持ってこって思わなかったの?」
「し、仕方ねぇだろ!?こうなる事なんか全く予想してなかったんだから!」
んー、予想しなくても普通は持ってくると思うんだけどなぁ…。
まぁでも、今になってそんな事言ったって後の祭りだし?
どうせ新一の事だから、哀ちゃんにでも相談してどうにかするんだろう。
そう無理矢理結論づけ、新一とホテルまでの道のりを並んで歩いた。
…何だか、しばらく隣に居なかったからかな。
ちょっとだけ。
ほんの、少しだけ、恥ずかしく思う自分がいた。
「…」
「…」
「…」
「…」
「…」
「何か、ドキドキする…」
「……俺も」
左手に感じる、新一の体温。
初めて手を繋いだ時の様に、すっごくぎこちない手つきだったけど。
でも、お互いを確かめ合う様に、ギュッ、と強くなっていって。
よく分かんないけど、嬉しさとか、恥ずかしさとか、色んな感情に包まれて、胸がキュッ、てなった。
「…なぁ」
「…何?」
「これ、どけてくれねぇとさ、俺なんも出来ねぇんだけど…」
「そ、それはちょっと…」
新一の指す「これ」とは、私の体に巻き付いてるシーツの事で…。
「何で嫌なんだよ?」
「だだだだって!は、は、恥ず、かしい、から…」
そりゃあ今まで新一とは、数え切れないほど体を重ね合ったけどさ?
でも仕方ないじゃない!
久しぶりだから恥ずかしいんだもん!
こんな気持ち、初めて新一の"男"というモノを経験した時以来かもしれない…。
「バーロ、今更恥ずかしがる事なんかねぇだろ」
「そ、そんなの分かっ…」
優しくキスをしてくる新一は、まるで私を慈しむかの様に、優しかった。
「…緊張、ほぐれたか?」
「…あと少し」
私の頬や首筋、鎖骨に優しくクチビルを落としていった新一は、最後に軽くキスをした後、ゆっくりと、私に巻き付いてるシーツを取った。
あーもうっ!
恥ずかしくて逃げ出したいっ!!
「……」
「…な、何で黙ってるの?」
「…いや別に?ただ、こんなキレイなモン、久しぶりに見たなぁって思ってさ」
「…はへっ!?」
なっ、えっ、ちょ、は!?
なにサラッと言っちゃってんのこの人っ!
「そっ、そんな事、言わない、でよ…」
「…すっげーキレイだぜ?」
「っ!!」
私の耳元で新一がそう囁いた瞬間、ボフッ!っと音が鳴りそうな勢いで自分の顔が真っ赤になったのがわかった。
むっ、無理無理無理っ!!
もう無理ーーっ!!!
「だからもっと近くで見せ」
「やっ!こっ、来ないでっ!」
「えっ…」
「あ、いや、えっ、と…」
やだ、どうしよ…!
恥ずかしさのあまりに変な事言っちゃったじゃん!
そ、そりゃあ新一の、私に触れたいって気持ちは解るし、私も新一に触れたい、けど…。
「…ご、ごめん」
「…何かもういいや」
「えぇっ!?」
新一はそう言うと、さっさと1人で服を来てドアに向かって歩き出した。
ままま、待ってよっ!
「い、行っちゃダメェー!!」
「ぐはっ!」
慌ててシーツを巻き付けて、新一の背中に抱き着いた。
…いや、抱き着いたというより、突進した、の方が正しいかも?
でっ、でも今の私にはそんな事どうでもよくて!
「ダメ!行っちゃやだよ!せっかく新一と仲直り出来たのに!もう羞恥心なんて捨てるから!だから…私から、離れないでっ…」
「…」
私が恥ずかしがってる事で新一を傷つけてしまうハメになるんだったら、いくらだって我慢できるよっ!
「…んで?」
「…え?」
「どうしてぇんだよ?オメーは」
「…」
き、気のせい、かな…。
振り向いた新一の顔がどことなく、ニヤけてる様に見えるのは…
「えっ、と…その、新一と…」
「俺と?」
「っ、」
恥なんか捨てろ優月っ!
今回の事で痛いほど学んだじゃないかっ!
思った事は、ちゃんと口で言わなきゃダメだって!
「あ、あのベッドの上、で、その…い、一緒に、そーゆー事、したい…です」
「…ハッキリ言ってくれなきゃ分かんねぇんだけど?」
「っ、だから!し、新一、の…新一の身体全部を感じたいの!」
「…」
「だから…だからお願い!抱いてっ!」
どうやら人間っていうのは、恥ずかしさの限界点を越えると脳の思考回路がストップするらしい。
普段、自分からは絶対に言わない言葉だって、平気な顔で言えちゃったりするんだから。
「…やれば出来んじゃん」
「…えっ?」
「オメーさぁ、ほんっとバカだな?」
「……は!?」
「俺が素っ裸のオメーを残して出て行くわけねぇだろーが。ちったぁ頭使え、アホ」
「……」
ハ、ハメられた…!
このニヒルな笑みを浮かべたドSにハメられたっ!!
「でもま、優月の予想外な本音が聞けたわけだし?俺の作戦は予想以上に大成功に終わったってわけだ!」
「〜〜っ!もう!騙すなんて酷いよっ!新一のバカ!意地悪!」
あまりの恥ずかしさに耐えきれず、新一に背を向けた。
酷いよ新一ったら!
またさっきみたいに顔から火が出ちゃ…
「…え?」
「悪い。ちょっとやり過ぎた。ごめん…」
新一はそう言いながら、後ろから私の体を抱き締めてきた。
「…許さないもん」
「マジで悪かったって…」
「やだ。許さない」
「…ホントにゴメンナサイ」
「…」
か、可愛い…
「…どんなに謝られたって、絶対許してやんないから」
「…あのなぁ、人がこんなに謝ってんのにいつまでも不貞腐れ」
「ホントに悪いと思ってるなら…」
「…え?」
「さっき私が、新一にお願いした事…して?」
「…喜んで」
時と場合によるかもしれないけど、気持ちを隠さないで全てをさらけ出す事は、決してダメな事なんかじゃない。
それは、嫉妬心も同じ事で。
少しでも不安になったら、相手に伝えないといけない。
特にこの、平成のホームズが相手の場合は。
そう実感したあと、私は夢中になって新一から伝わる熱を身体中で感じ続けた。
「なん、か」
「…ん?」
「身体が、前よりも熱い気がする…」
「…それは俺も同じだ」
「っ、あ…」
しばらく近くにいなかったせいで、新一の手つきを忘れちゃってるんじゃないかって不安だったけど、いざ交わってみたら決してそんな事は無くて。
人間って、こういう所も身体で覚えてるんだなって妙に感心した。
自然と絡まる指先。
私の身体に這う、新一の舌。
全てが愛しくて、愛しくて。
でも、少しだけ恥ずかしさが込み上げてきて…
「優月」
「っ、ふ…」
耳元で私の名前を囁く新一の吐息に、身体中が反応する。
何故だか分からないけど、それと同時に、少しだけ涙が出てきた。
「新、一っ」
「ん?」
恋愛に、満足感っていうのは存在しないのかな…。
さっき、あんなにいっぱい言われたはずなのに、またすぐに欲しくなる。
もっともっと、聞きたい。
「私の事、好き?」
「…いや、好きじゃねぇな」
「……はっ?」
いやいやいや、なに言ってんのこの人!
ここは好きだよって言うとこ
「俺はな、優月」
「…え?」
「オメーを『好き』なんじゃねぇ、愛してるんだ」
「…」
新一の目が、少しだけ細くなる。
とっても優しくて、不思議と心がポカポカしてくる、暖かい眼差し。
「好きっつーのは、一方的に相手を想ってる時に使うのが本来の表現。だから俺は、オメーに二度と好きだなんて言わねぇ…」
「…」
愛してる…か。
「…ねぇ、新一」
「ん?」
「もう愛してるって言葉も、言わなくていいよ」
「えっ…何でだよ?」
「…愛してるってさ、たった5文字だけど、とっても重くて、軽々しく口に出したらいけない言葉って、私は思うんだ。言い過ぎると、だんだん軽く聞こえちゃうでしょ?」
「…まぁ、確かにそうかもしれねぇけど。でもそしたらオメーが不安になっちまうんじゃねーか?」
「ううん、そんな事無い。言わなくったって、これから毎日態度で示してくれれば、私は不安になんかならないよ」
「…じゃあ、これからはそうする」
「ん…」
「優月がうざったく感じるぐらい、こうやって態度で示してやる」
「う、ん。あ、でも今日は」
「ん?」
「今日ぐらいは、いっぱい、言って?」
「…愛してる」
「もっと…」
「愛してる」
「もっと、言って」
「…俺ばっかりじゃなくて、オメーも言えよ」
「…愛してるよ、新一」
「…もっと」
「…ふふっ、愛してる」
「っ、」
「新一を、誰よりも、愛してる」
「ん…」
「世界で一番、工藤新一を愛してる」
「…俺も」
「んっ、」
「俺も、優月を、愛してる」
「っ、ふ…」
「世界中の誰よりも、花宮優月を愛してる」
新一の声は、私にとって麻薬のようなもの。
耳に入ると、心が言い表せないほどの幸福感に満たされて、もっと、もっと、聴きたくなる。
「でも…」
新一が私の顔を、優しく両手で包み込んだ。
「ただの"愛してる"じゃねぇ。憎らしい程愛してんだ。オメーならこの意味が分かるだろ?」
「…うん、よく分かるよ。私も同じ気持ちだもん。ミラクルランドで何回新一をこの手で殺してやろうと思った事か」
「…オメー恐ろしい事言うな?」
「あら、でも裏を返せばそれ程愛してるって事だよ?」
私がそう言うと、新一は柔らかく笑って、優しく私のクチビルにキスを落とした。
憎しみと愛は紙一重。
相手への"愛"が膨らみ過ぎると、憎愛へと変化する。
相手を想う故に、生まれる感情。
でもその裏側には、お互いに慈しみ、労り、想い合ってる気持ちがあるから成り立つ表現なんだ。
「さて、と…」
「…うん?」
「言葉での愛情表現はこの辺にして、そろそろ本格的に溶け合おうぜ?俺の理性が持たねぇから」
新一はそう言うと、私の身体に沈んだ。
今、私のすぐ傍には新一がいる。
それだけで、心がこんなにも温かくなる。
そして満たされていく。
それが私にとって何よりも幸せで、何よりも嬉しくて…。
「もう死にそう…」
「え?」
理由は解らないけど、自然と、涙が溢れ出てきた。
「んっ、幸せ、過ぎて、死んじゃ、いそ…っ」
「…フッ、一番理想的な死に方じゃねぇか」
恋愛は頭で計算しながらするものなんかじゃない。
感性でするもの。
愛する人と一緒に、楽しい、嬉しい、幸せ、悲しい。
こういう色々な感覚を、新一と一緒にいっぱい楽しみたい。
どうして今まで気付かなかったんだろう。
感情のままに愛情をぶつけ合って、身体と心が1つになる事が、何よりの幸せだと…。
胎内で新一の熱を感じながらそんな事を思っていた私は、糸も簡単に理性の臨界点へと導かれた。