これは偶然なんかじゃない。
必然的な出会いだったんだ。
私は今日、ここで新一の本心を、このビッグ・ベンが聳え立つ場所で。
聞かなければいけない、運命だったんだ…。
「あ、あのさ優月…」
「聞かせて…」
「…え?」
「新一の、本当の気持ち…もう、逃げないから…」
先に言われる前に、私から聞いてしまえばいい。
その方が惨めな思いをしなくて済む。
それに、これが運命なら、もう逃げちゃダメなんだ。
今まで沢山、逃げてきたんだもん。
最後くらいは、きちんと聞かないと…ね。
「…俺は」
新一は、真っ直ぐと私を見ながら口を開いた。
「…うん」
「あれから毎日、自分が幸せだと感じた時なんか片時も無かった…」
「…うん」
つまり、蘭に彼氏が出来たって聞いた時から。
「…何もかも物足りなくて、毎日後悔と絶望に苛まれてた…」
「…うん」
私が気付いてなかっただけで、あの時から全ては始まっていたんだ…。
「…オメーには」
「…」
「優月には、悪いけど…この厄介な感情は、どうやったって消せねぇんだ…」
「…」
「どんなに…どんなに努力したって、完璧に消す事なんか出来ねぇよ…!」
「…」
ああ、やっと…。
やっと、流せた…。
何ヵ月ぶりかな、頬に感じる温かい感触は…。
でも、やっぱり、やっぱり聞きたく、無かったなぁ…。
聞かなければ、この受け入れの証である涙を…。
流さずに、済んだのに…。
「だから、俺は…」
いやだよ…。
もう聞きたくない。
「俺はオメーの事を」
「もういいよ!」
「っ…」
「それ以上、言わないで…」
惨めになるから…。
「もう新一の気持ち…分かったから…」
「…」
「これ以上聞いちゃうと、新一を困らせる様な事、言っちゃいそうになるし…それに、お互い辛くなるだけだよ…」
「…ごめん」
「…」
謝らないでよ…。
余計惨めになるだけじゃない…。
「…ラブなんて」
「え…?」
「0なんて…所詮悲しい数字なのよ…」
ジェイデンは、0は全ての原点だって私に言った。
でも、所詮ラブなんて…。
愛なんて、結局想うだけじゃ無意味なものなんだ。
「どんなに愛してても…もう繋がる事は無いって分かってても…それを伝える事すら許されないんだったら、心の中にその感情を永遠に閉じ込めて置く方が…ずっと、ずっと楽だよ…」
この距離が、もどかしい。
こんなに近くに居るのに、心は何よりも遠いんだから。
「ねぇ、新一…」
「…?」
「最後に1つだけ、我が儘言わせて…?」
「我が儘…?」
「うん…。この前私が送ったメールあったでしょ?あれ、すぐに消して欲しいんだ…」
「メールって…」
せめて、あの一方的な想いを綴った文章だけは…。
「な、なぁ。何で消さなきゃいけねぇんだ?」
「っ…」
何で分からないの…?
「そんなの、決まってるじゃない…。私が自分でこの想いを、簡単に消去できないからだよ…」
どうして人は機械みたいに、自由に消す事が出来ないんだろう…。
「だからせめて、あのメールだけは…」
「な、何言ってんだ?オメー…」
「っ!どうして分からないの!?」
「えっ?」
「私が…私がっ…!」
もう限界だよ…!
何でここまで言わなきゃいけないの!?
どこまで惨めな思いをしなきゃいけないの!?
「私が自分でこの新一への恋心を捨てる事が出来ないからに決まってるじゃない!だからせめて機械の中で虚しく残ってる証拠ぐらい、新一の手で消し去ってよ!!」
「お、おいっ!」
「優月っ!」
新一の事を諦めるぐらいなら、ずっとこのままでいい。
前になんか、進めなくたっていい。
ただ、もう新一のそばには居られないんだって思うと、胸がグッ、と締め付けられた。
好きな人の恋を応援するなんて、そんな事出来ないし、私はそこまで強くない。
ましてや、その相手が蘭だなんて、そんなの…そんなの応援出来るわけないじゃない!
躓きそうになった足を無理矢理動かしながら、テムズ川沿いの歩道をただ夢中で走った。