−Life is infinitely stranger than anything which the mind of man could invent.−
(日常生活の奇妙さは、人間の想像力で生み出せるどんな物とも比較にならないな)
−We would not dare to conceive the things which are really mere commonplaces of existence.−
(我々はごくありふれた日常生活で起こっている事件を、頭の中で思い描くことなど不可能だ)
「ええっ！ちょ、どういう事！？」
人の多いこの成田空港のど真ん中でケータイ片手にギャーギャー喚くだなんて、普通だったらそんなの恥ずかしくて出来ない。
でも今は喚かずにはいられないよっ！
「何で急にロンドンに行けなくなっちゃったの！？」
「いや、じ、実はそのー…し、仕事が溜まっててなぁ…」
「……ねぇ」
「えっ！？」
「まさかアンタ、最初から行く気無かったとか言わないよね…？」
「…す、すまない優月！許してくれ！Good Luck！！」
ツーツーツー
「……幸運を、祈るですって？」
1人で、ロンドンへ行けですって…？
「ふ…ふざけないでよもう！何なのよラディッシュのバカーー！」
1人で海外なんてあり得な……
「…あっ！そうだ！」
快斗っ！
アイツならハンググライダー使えるし、成田まで短時間で来れるじゃん！
「もっしー！」
「快斗っ！今ヒマ！？」
「え？まぁ、暇だけど？」
「ロンドン行こ！」
「……はぁ？」
「だーかーらぁ！イギリスのロンドンに行こうって言ってるの！！事件の調査で今から行かなきゃいけなくて、でも一緒に行くメタボにハメられてっ！」
「あー、わりぃ優月！俺ムリ！」
「な、何で」
「今日仕事！」
「…ガクッ」
仕事なら仕方ないか…。
「名探偵でも誘えば？」
「な、何言ってんのよバカ！あんな事言われて誘えるワケないじゃん！それに私は…」
−金輪際、俺に話しかけんな−
「…新一に、嫌われてるし…」
他人だ、って…。
言われちゃったし…。
「いいやー？アイツ、意外とついてくんじゃねーの？マジかよ！？俺の憧れ、ホームズの聖地へ行けるのか！？優月やっぱオメーは最高だなっ！大好きだぜっ！…とか何とか言って！」
「バカバカバカ！快斗のバカ！コナンの声で言わないでよ！虚しくなるでしょー！？」
「土産は酒で！」って切り際に叫んだ快斗を華麗にスルーし、私はこの人にすがり付いた。
「哀ちゃぁーーん！」
「あら…あなた、今日ロンドンに行くんじゃなかったの？」
「今すぐ解毒剤とパスポート持って成田空港来てっ！」
「…はぁ？」
「あのね、一緒に行くヘボ警部にハメられて1人で行く事になっちゃったの！」
「あら…不運ね」
「だから一緒に行こ？解毒剤があれば入国審査パス出来るし！ね？お願いっ！」
「クスッ、意外と1人じゃなかったりしてね…」
「えっ？」
「いえ、何でも無いわ…。残念だけど、私今日は用事があるの。まぁせいぜい楽しんでくるのね、ホームズの聖地を…」
「うう…哀ちゃん冷たい…」
旅は道連れ世は情けっていうけど、だーれも私に情けをかけてくれないまま飛行機はロンドンへ向けて出発した。
それもこれも、あのメタボのせいよ！
行く気が無いなら昨日の時点で言えばよかったのに！
搭乗1時間前になって電話かけてくるとか有り得ないんだけど。
ま、いいや。
今度ニューヨークに帰ったらいっぱい償ってもらお。
「着くのは12時過ぎか…」
確かロンドンまでの所要時間は大体12時間。
……よし、寝よう。
そんな長い時間1人で起きてたら、とてつもなく虚しい空の旅になりそうだし。
えーっとイヤホンにー、アイマスクにー、んで極めつけはふわふわ毛布っ！
これこそ機内での現実逃避に必要な物でしょ！
「……ふぁぁ…あ、」
目が覚めて窓の外を見ると、ビッグ・ベンがドーン、と目の前にそびえ立っていた。
飛行機が既にロンドン市内上空を飛んでいるのが分かる。
えっ、ほんとに12時間ぶっ通しで寝てたんだ私…。
それはそれで凄いかも…。
あ、着く前にトイレ行っとこ。
どん！
「あっ、Sorry…」
…ん？
今の人どこかで…。
ま、いーや。
それよりもトイレトイレ……！
−当機は間も無く、ヒースロー空港に到着致します…−
うーん、眠い…。
まだまだ寝れるなぁ…。
勝手に閉じそうになる瞼を必死にこじ開けながら飛行機を降りた。
でもこの後、眠気なんて一瞬で吹き飛ぶ出来事が起こるなんて、私はまだこの時予想すらしていなかった。