「ありがとね快斗。夕ご飯食べさせて貰った上に送ってくれて…」
「礼なんかいらねーって!夜道は危険がいっぱいだしな」
結局、快斗と私はキスまでしか出来なかった。
恋愛感情を伴わない快楽だけの交わりなんて、ただ虚しくなってお互いに傷付くだけって分かってたから…。
私ってやっぱり強欲でワガママだ。
何だか快斗を利用してるみたいで、自己嫌悪に陥る。
私はこの先、どうしたらいいのかな…。
そう思いながらマンションの自動ドアをくぐった。ら、
「優月」
後ろから快斗に声をかけられた。
「うん?」
「1つ…聞いていいか?」
「…なに?」
「もし…さ、」
「うん?」
「もし俺が、今お前に告ったらどうする?」
快斗が言い終わった直後、ざわっ、と風が吹いたような気がした。
「…え?」
心臓がドクン、と脈打つ。
「最近頻繁に会ってたせいで、俺が青子よりも優月を好きな気持ちが上になった…って言ったら、オメーはどうする?」
「ど…どうするって、そんな事言われ、ても…」
でも、よく考えたら当たり前の事だと思った。
快斗が私に気が向くのはあり得ない事なんかじゃないわけで…。
じゃあ、私はどうすればいいんだろう…
何て返事をすればいいんだろう。
心臓がドキドキして、何故だか、悲しい気持ちになった。
「なぁ、どうする?」
「っ…」
私を壁に追いやって逃げられないようにする快斗。
彼の目を、まっすぐ見る事が出来ない。
答えは、決まってる…けど。
でも、断ったら快斗とはもう今までみたいに普通でいられ、ない、わけで…。
えっと…こんな時は、どうすれば…。
どう返事してあげれば………。
「…なーんてな!」
「…えっ?」
「冗談に決まってんだろ?なに真剣に悩んでんだよバーカ」
「なっ…!」
カッ、と自分の顔が赤くなるのがわかった。
「いてっ!」
「このバ快斗っ!本気で考えちゃったじゃないの!」
何よコイツ!
人の気も知らないで!
ほんっと頭にくる!
「ってゆーかどーいうつもりでそんな冗談言って来たのよ!!」
「えー?理由なんかねぇし!ただちょーっとからかいたくなっただけってぇーなぁ!足踏むなって!」
「あのねぇ、そーいう紛らわしい冗談は言わないでよっ!仮に私が新一より快斗が好きだって言ってたらどうするつもりだったわけ!?」
「そりゃあもちろん、喜んで付き合いますとも!」
「…はぁ!?あんた何言って」
「だーって俺、女の子大好きだし来る者拒まないタチだから!」
「……バーカ。嘘なんかついてんじゃないわよ。本当は青子ちゃんしか見えてないくせに」
「へへっ、やっぱバレた?」
「思いっきりバレバレだよ…」
「まぁ優月ちゃんは確かに可愛いけどさ?俺はそんな目で見た事ねぇし、そもそも俺のタイプじゃねぇし。それに名探偵と兄弟になるのは死んでも嫌だしな!」
「し、死んでも嫌ってアンタねぇ…」
はぁー…。
何かもういいや…。
この人を怒るのもバカらしくなってきた。
「でもさ、俺が聞いた時すっげー困った顔してたけどそんなに迷惑だった?」
「うん、迷惑この上無かったし本気で困ったもん。どう断ろうかなぁ、って」
「うわー…ちょっとでも前向きに考えてみよっかなー?とか思わなかったのかよ?」
「うん。全然」
「…優月ちゃん。僕胸が痛いです…」
…この女好き泥棒が。
「…私は、」
「…へ?」
「快斗とはずっと、蘭や園子と同じ位置にいる親友でいたいなって思ってる。だから頑張って青子ちゃんを振り向かせてみなよ。幼なじみの壁なんて、快斗なら壊せるんじゃない?」
「…オメーは俺に、今を180度変えられると思うか?」
「なーに弱気になってんのよ!快斗らしくない。私は信じてるよ?だってキッドこと黒羽快斗に不可能なんて文字は無いんでしょ?」
「…そう、だな。うん、俺頑張るわ!ありがとな優月!」
「どういたしまして!」
快斗といつまでも、傷の舐め合いをしてるわけにはいかない。
前に進まなきゃ。
私も、快斗みたいに。
無理にでも顔を上げて、先を見つめないと…。
「じゃあ俺は帰るな」
「あ、うん」
快斗におやすみを言おうとした瞬間、
「新、一…」
「優月…」
思い詰めた表情をして歩いてくる新一が目に入った。
こんな時に、会うなんて…。
「よぉ、名探偵。ガキがこんな時間にフラフラ出歩いてたら危ねーぞ?」
「ちょ…」
そ、そんな事言ったら新一怒っ……、
「よぉ黒羽…昨日は助かったぜ。テメェのお陰で木っ端微塵にならずに済んでな…」
えっ、嘘…!
新一が快斗にお礼を言うなんて…。
どうしちゃったの?
「ほぅ…探偵であるオメーにまた感謝される日が来るとは、さすがの俺も思ってもみなかったぜ」
'また'…?
それってどういう…?
「フッ…今思えば、俺の人生ん中で最大の不覚だったぜ…あん時テメェの質問に答えちまったのはな…」
「…だろうな」
以前、2人の間で何かあったんだろう。
でも新一、快斗に言った事を後悔してるみたいだけど…何だろう?
ううん、今はそれよりも聞かないといけない事がある。
新一が、気付いてくれたのかどうか…。
「…ねぇ」
「…んだよ?」
何だか、怒って、る…?
「えっ、と…読ん、だ?メール…」
「ああ、読んだぜ?一字一句、残さずな…」
「…」
って事は、気付いたんだ…。
「じゃあ、どうして返事くれないの…?」
新一は一瞬、顔を歪めた。
「フッ…笑わせんじゃねぇよ…」
「え?」
「俺があんなメールに対して律儀に送り返すと本気で思ってたのか?」
「……」
そっ、か…。
もう答えは出ていたのにね…。
それを知りながら、少しでも期待した私がバカだった…。
新一はもう、私の事なんて…。
「今日からテメェとは赤の他人だ」
一瞬、耳を疑った。
「金輪際、俺に話しかけんな」
「…え?」
なん、で…?
「じゃあな…」
私を一瞥してそう言った新一の顔は、ひどく冷たい目をしていた。
あのメールを見た上で、あんな事を言ったって事は…。
やっぱりもう、私の事なんか…。
「なるほどな…」
「…え?」
顔を上げると、快斗は私のケータイ画面を見てニヤニヤしていた。
「ちょっ、やだ勝手に見ないでっ!!」
ケータイを奪い返して画面を見ると、さっき新一に送ったメールが開かれていた。
「…見た?」
「ばっちりな!」
「ぜ、全部?」
「おう!隅から隅まで!」
…最悪だ。
「なぁ優月」
「な、何よ…」
「策士、策に溺れるって知ってるか?」
「…もちろん知ってるよ」
正に今の私じゃん…。
「オメーはまだ溺れちゃいねぇ」
「…え?」
「それだけは忘れんな」
「…そ、それってどういう」
「じゃあな、平成の女ホームズ」
快斗はそう言うと、私の頬にキスを落とした。
「…意味、わかんない」
去って行く快斗の後ろ姿を見ながら、私が素直に感じた事だ。
それを知ってか知らずか、振り向かずに片手をヒラヒラさせながら、夜の闇に消えていく快斗。
−オメーはまだ溺れちゃいねぇ。それだけは忘れんな−
ケータイを盗み見た時の、あの快斗の言葉、何なんだろ…。
快斗は、何かを知った様な気がする…。
結局、お風呂に入りながら考えてもわからなくて、ベッドに入って考えてもわからなかった。
♪♪〜♪♪〜〜
いつの間にか寝てしまった私は、暗闇に轟く着信音で目が覚めた。
画面なんか見なくたって、着信音で相手はすぐにわかった。
私は手探りでケータイを手に取り、耳に当てる。
「…なに」
私はこの時、微塵も思ってなかった。
この電話が、全ての終わりを告げる合図だったなんて…。