「ってゆーかごめんね?次の予告状作ってる時にコーヒー淹れさせちゃって…」
さすがの私でも、二日酔いの体に甘ったるいミルクティーはキツい。
快斗に淹れてもらったモーニングコーヒーならぬ、アフタヌーンコーヒーが入ったカップをもう一度啜った。
また独特の苦味と香りが口の中に広がって、眠気なんてどこかへ吹き飛んだ。
「へーきへーき!ちょーど出来上がったトコだったから!それに今回は暗号文じゃねーから楽チンだったしな!」
快斗はさっきまで弄ってたパソコンをシャットダウンした後、カップを持ちながら私の隣に座った。
「快斗ってさ、予告状書いてる時…キッドの顔になるんだね」
「へっ?そーかぁ?自分じゃ気付かねぇけどな…」
「だってさっき振り向いた時、獲物を狙ってる時の蛇みたいな目してたよ?」
「はいはーい!じゃあ俺、タイガースネークがいー!」
片手をあげて、子供みたいに言う快斗。
……可愛いけど、テンション高すぎじゃない?
「…マムシで十分でしょ」
「ちょ、優月ちゃん例えが地味すぎ!せめてキングコブラにしてくれよっ!」
「……」
何故、外国種に拘る。
「つーかオメー、気分はどうだ?」
「もう大丈夫。やっぱ二日酔いには濃いブラックが1番だね」
「だよな!」
ブラックコーヒー、か…。
去年が懐かしいなって感じつつ、テーブルにカップを置いてから約12時間ぶりにケータイを開いた。
…あれ?
メールが来てる…。
From:新一
Sub:no title
本文
お前、黒羽と付き合ってんのか?
────END────
……実は付き合ってるんだよ。
なーんてね…。
そんな事言っても、この人はもう何とも思わないんだろうな…。
「……」
でも……。
少しでも期待しちゃうのが、"女"っていう生き物で。
「メール?」
「うん、すぐ終わる」
手早く返事を送った後、ケータイをバッグの底に埋めた。
「…もう名探偵とは話し合わねぇのか?」
「…話し合いはしないよ。出ちゃったしね…答えが」
テーブルに置いたカップからは、白い湯気がゆらゆらと立ち上る。
「…でもちゃんと言葉で聞か」
「新一は」
「…」
「…新一は、顔に出るタイプだから…。快斗と違って」
「…」
「アイツはポーカーフェイスなんかとは無縁だもの。聞かなくても、新一の気持ちは分かるもん…」
「……」
隣に座る快斗は、納得いってない顔で私をじっと見据えた。
そのミステリアスに輝く青い瞳は、世紀の大怪盗そのもの。
何もかも見透かされてる様な気がした私は、思わず目を反らしてしまった。
「ほんとに、もういいのよ…」
本当は快斗の言う通り、ちゃんと新一の気持ちを聞かなきゃいけないって分かってる。
でも聞こうとしないって事は、運命から逃げてる証拠。
臆病なのに、それを認める事が出来ないでいる。
「いつか、全部想い出に変わってくれる。その内楽になれるから…。だから、今だけ耐えればいいんだよ…」
「…そうかもしれねーな」
それでも…。
さっき送ったメールを見て、少なからず期待をしてしまってる自分がいるのも事実なんだ。
コト
カップをテーブルに置く音がした。
「……もう、しないって決めたじゃん」
触れた唇からは、ほんのりお酒の匂いがした。
「毒蛇だから、俺」
「ふーん…自分の毒で頭おかしくなっちゃった?」
「いや?俺は至ってまともだぜ?」
「そうとは思えないけど…」
「…なぁ、Sel'ge Liebe auf den Mundって聞いた事無いか?」
「それって確か、フランツ・グリルパルツァーが書いた接吻っていう詩の一文でしょ?意味は唇同士でするキスは愛情、だったような…」
「ご名答。愛ってのは色んなカタチがあるだろ?」
「…うん」
博愛、慈愛、情愛、そして友愛…。
他にも沢山ある。
「俺達はどの"愛"だと思う?」
「そうね…。博愛か友愛、辺りじゃない?」
「だったら今のだって許される行為だろ?」
「…そういうの、屁理屈って言うんだよ」
「そうかもな…」
そう言って快斗は、私の後頭部に手を回した。
…これで二度目だ。
昨日までの私だったら、拒否していたかもしれない。
どうする事も出来ない寂しさを埋めるように、快斗からのキスを受け止める。
「ちょ、くすぐったい…」
耳にするキスって何だっけ…。
「…これは狂気の沙汰だ」
快斗の言う通りかもしれない。
私達は狂気を装うことで、正気を保つようになってしまった。
快斗は私の逃げ道になってくれる。
それは優しさからなのか、それとも、ただ都合がいいだけなのか…。
私には分からないし、聞くつもりも無い。
今はただ、快斗の温もりに安心感を感じていたい。
こんな事を思ってしまう私は、もう新一の事を想う資格なんて無いのかな…。
軋むベッドの上で、快斗のクチビルを受け止めながら思った。