「あれ?快斗…」
「よぉ」
ホテルの外に出ると、普段着姿の快斗が鳩さんと戯れていた。
「待っててくれたの?」
ポー
「最後の一仕事ついでにな」
ポッポー
「え?一仕事って…あ、園子からスッたID、返してきたんだ?」
「そっ!借りたモンはちゃーんと返す主義だからさ俺!」
ポポー
「…じゃあこの前貸した3千円返」
「オメーは?ID返したのか?」
「…」
…返せ泥棒。
「ええ、勿論返したわ。だって数がおかしいと後で目暮警部にギャーギャー言われ」
「ああーーっ!!」
「わあっ!」
バサバサバサッ!
「な、何よ急に大声出し」
「わりぃ優月!もう一仕事残ってた!」
「えっ!?ちょっ…」
「後で迎えに行ってやっからどっかで待ってろ!すぐ戻る!」
快斗は片手を振りながら新一と負けず劣らずの速さで走り去った。
「…もう何よ!快斗のバカ!」
待ってろって言ったってこの辺何にもないじゃん!
どうしろって言うのよっ!
「あ…」
そういえば、新一にちゃんと答えてないままだった…
「……行こう」
確かスーパースネークがどうのって警部が言ってたから、多分まだ園内にいるんじゃないかと思う。
快斗の言う通り、話し合ってみた方がいいのかもしれない。
どうして「リセット」をしたのか…
何で、私が快斗を好きだと思ったのか…。
ちゃんと新一の口から聞きたい。
「よっしゃー!スーパースネークだろうが何だろうが、いっちょ乗ったるでー!」
平次くんの意味不明な気合いの叫び声が轟く中、私は乗り場に歩き出すみんなの後ろ姿を見送った。
「…バッカみたい」
これこそ本当のオウンゴールじゃん…
何で戻って来ちゃったんだろ…。
蘭におんぶされて顔を赤くしている新一を見たら、少しでも期待した自分がバカらしくなった。
新一はやっぱり、もう私の事なんかただの幼なじみとしか見ていない…
私に快斗を好きかどうか聞いたのも、ただ単に幼なじみとして聞きたかったからで…。
博士のあの言葉も、幼なじみとして私の事を想ってるって事で…
「ほんとやだ…私ばっかりいつまでも…」
新一なら分かるのかな?
こんなに胸が痛いのに、涙が出ない理由が…
−もう終わりにしようぜ…俺達−
−戻るんだよ…元の幼なじみっていう関係にな−
…あ、そっか。
きっとあの電話がきっかけて、私の心のネジがどこかに飛んじゃったんだ…
だから快斗とも平気でキスなんかしちゃって…
「……見つかるかな、ネジ…」
どこ、行っちゃったんだろ…
いつまでこんな思いをしてなきゃならないのかな…
「……あれ?」
ふと空を見上げると、一羽の白い鳥が見えた。
…ううん、鳥なんかじゃない。
「キッド…!」
みんなの絶叫が響いた直後、空にドーーンと音を立ててオレンジ色の花が咲いた。
「…あ」
そっか…。
プラスチック爆弾はオレンジ色の閃光を放つのが特徴。
誰かがIDつけっぱなしで乗ったって事だ…。
あのメンバーの中だったら元太くん辺り、かな…。
新一も大変ね、最後の最後で…
でももう私というお荷物がいなくなって、元太くんだけになったから、だいぶ楽になったんじゃないかなと思う。
ガコン
「っ…」
自販機で買った飲み物を取ると、また無意識にコーラを買っちゃった事に気付いた。
「…無理だよ」
思わずしゃがんで膝に顔を埋めた。
居たたまれない感情が押し寄せてきて、この前みたいに私の心に雨を降らせる。
「リセットなんて、私には出来ない…」
狡いよ、新一は…。
私だけ置いてけぼり…。
「1人にしないで…」
「オメーは1人じゃねーだろ」
「…え?」
顔を上げると、さっきまで優雅に空を飛んでた人が舞い戻って来ていた。
「俺という素晴らしく出来た親友がいるじゃねーか」
「…それ、私が言うセリフだと思うけど」
「今日の優月ちゃん、ツンツンし過ぎだって!」
「…わざとツンツンしてるんじゃないよ。気持ちを素直に話してるだけ」
「ぐはっ!」
酷いなぁ、って言う快斗を見て気付いた。
さっきまで雨降りだった心が、この人が現れた事によっていつの間にか晴れやかになる。
やっぱり快斗はマジックをやるから、そういったカリスマ性があるのかもしれないな…。
「…随分早かったね」
「言ったろ?すぐ戻るって…」
「…快斗」
「んー?」
「私、快斗が好きだよ…」
「…」
缶コーヒーを飲んでいた快斗が、目をパチパチさせて私を見る。
「俺も優月が好きだ」
ニヤリと笑いながら言う快斗を見て、私も口許が緩んだ。
「新一の次に…」
「青子の次に…」
2人同時に重なる言葉。
私達は、行き場を失った恋心をこうやって逃がす。
でも当たり前だけど、心は逃げる事を許そうとしない。
「…帰るか」
「うん…」
私達は、完全には逃れる事なんて出来ない。
それが余計に歯痒くてツラく、惨めな気持ちになる。
「…今日、さ」
「え?」
「泊まっても…いい、かな…」
私が遠慮がちに聞くと、快斗は口角を上げて微笑んだ。
「俺は初めからそのつもりだったぜ?」
「…さすが月下のナンパ師」
「おいおい優月ちゃん、そりゃないぜ…」
「えへへ、嘘よ嘘!ほら、帰って慰め会やろ?朝まで付き合ってよ」
「…フッ、途中で潰れんなよ?」
快斗はそう言うと、私が差し出した右手を取って先に歩き出した。
「あ…」
一瞬、また快斗が新一と重なって見えた気がした。
「どうした?」
「あ、ううん…何でも、無い…」
ねぇ、新一…。
この前まで、お前しかいないって…。
私しか愛せないって、言ってくれたよね?
今はもう、違うかもしれないけど…。
私の気持ちは変わらないよ…。
ずっと…。
ずっと私の心には、新一しかいないんだよ…。
こんなに胸が痛いのに、目頭が熱くなる事も無く、快斗に手を引かれながら煌々とライトアップされたミラクルランドを後にした。