PM 938
「急げ優月!」
「うん!ありがとう!」
私は快斗に連れられてレッドキャッスルホテルに戻り、依頼人のいる部屋まで走った。
−今回だけだからね許すのは!新一を助け出した時にこっそり盗聴器なんかつけて…−
−へーい!じゃあ飛ばすからしっかり掴まってろ。死ぬ時は名探偵と一緒がいいんだろ?−
当たり前じゃない…
新一は違うかもしれないけど、私は新一と一緒じゃなきゃ嫌だよ…!
「あ…あそこだっ!」
グニュ
「へっ?」
伊東が潜んでるであろう隠し部屋に突入しようと足を踏み出した瞬間、何か踏んだ気がしたけど今は確認する余裕なんか無い私はそのまま振り向かずに進んだ。
奥に進むにつれ、パソコンのキーボードを素早く打つ音が聞こえてくる……
「あ…」
新一が必死に解除しようと…
ビーー、ビーー
「くそっ!」
「…秘密を共有する事で、男と女の仲は深くなる。一番深い秘密は、愛する女性と犯罪を共有する事なのさ…だから、現金輸送車を襲うのが、麗子との愛情表現だった…」
犯罪を共有する事が愛情表現?
そんなのおかしいよ…
確かに秘密を共有すれば、愛は深まるかもしれない。
でも、犯罪なんていうものは、愛があるからこそ共有出来ないものなんだよ…
「だが、西尾が警備員を撃ったために、私の完璧な計画が台無しに」
「完璧なんてこの世にはねぇよ…」
新一…
「絶対どこかで歯車が噛み合わなくなる。そのまま無理矢理動かして何もかもダメにするか、一度リセットして正常に戻し、頑張って遅れた分を取り戻すかはその人次第。アンタは怖かっただけだよ…リセットするのがな!」
「……」
そっか…
新一は、私との「別れ」を選んだんじゃなく、「リセット」を選んだんだ…
それだったら今までの新一の態度に全て納得がいく。
昔の様な幼なじみに戻りたかったから、普通に接してたんだ…
「9時56分!時間ないで工藤!」
遅れた分を取り戻す…
つまりそれは…
蘭との関係を変えようと…
「優月っ!?」
「っ!?」
「お前来るの遅いで!」
「…ごめん」
入り口で突っ立ってたら気付かれて当たり前だ。
「…オメーも手伝え!直接ケーブルを繋ぐ!」
「あ…うん!」
今は時間を解除する事に集中しないと!
「OK!復活した!」
−パスワードを入力して下さい−
「パスワード?」
「おい!パス…!?お、おい工藤、コイツ…」
「大丈夫!気絶してるだけだ。多分、事故の後遺症だろ」
−あなたが一番愛する人の名前は?−
愛する人の名前…?
「伊東が惚れているのは清水麗子!」
ビーー、ビーーッ
−パスワードが違います−
「えっ!?」
「何っ!?コイツが好きなんは清水麗子とちゃうんかい!?」
−パスワードが違います。次にパスワードを間違えるとシステムが終了します−
残り30秒…!
伊東が清水麗子以外に愛している人物……
もうこうなったら、一か八かに賭けるしか無い…!!
「新一どいて!」
「えっ!?」
私が…
私がもしこの質問に答えをつけるとしたら…!
「な、何打ってるんや優月!」
本人以外に考えられない!
パシッ!
ピッ、ピッ、ピッ…
「…」
「…」
「…」
−タイマーは解除されました−
パソコンの音声が、事件の終息を知らせる。
よかったぁ、みんなが死ななくて…
「…なぁ」
「うん?」
「何でわかったんだ?伊東が愛してる人間が本人だって…オメーいなかっただろ?」
「…」
新一がすごく不思議そうな顔してる…
「ふふっ、そんなの簡単よ…」
「え…?」
「だって…人を愛するって事は、自分自身を愛していないと出来ない事でしょ?」
「……」
ま、本当はそれだけじゃなくて伊東が完璧主義者でナルシストな言動をしてたからっていうのもあるんだけど。
「それにきっと、伊東は清水麗子よりも、"清水麗子"という人間を愛している自分自身が好きなんだと思う…」
例えそれが一方通行の愛でも、誰かを好きになる事自体に意味がある。
この前まではそう思ってた。
"工藤新一"という1人の人間に出逢えて、新一の事を心から愛しいと思える様になれたから…。
だから、そんな自分自身が大好きになれた。
でも今は、自分自身が嫌で嫌でたまらない。
いつまでも、新一の事を忘れられなくて…。
潔く、想いを断ち切れないでいるから…。
「平次くん」
「…へ?」
「このID、警察に渡しといてくれない?」
「お、おう…」
「それと…新一、後ろ向いて?」
「へっ?」
…これね、快斗がつけた盗聴器は。
回収…っと。
「…じゃあまたね」
2人に精一杯の笑顔を向けてから出口に向かった。
「おい!待てよ優月、つっ!」
「…え?」
「おい、無理すんなや工藤!」
「だ、大丈夫だ服部…」
新一はそう言うと足の痛みで歪めた顔を私に向けた。
「いい加減…勿体振らねーで聞かせろよ…」
「…え?」
「お前が…優月がアイツの事を本当に好きなのかをな!」
「…」
新一が言う「アイツ」って…快斗、だよね?
私が快斗を…?
「何、言ってるの…?私は」
「工藤くん、花宮さん…」
「「!?」」
「それに、服部くん…君達は最高の探偵だ…」
「…テメェは最低の人間だな」
「フ…」
うん、ごもっとも。
「わりぃ…で?どうなんだよ」
「あ…だから私は快斗」
「おい君達っ!」
「え?」
「大丈夫か!?」
救急隊の人達が次々と駆けつけ、一気にこの部屋は騒がしくなった。
こんな状況の中でさっきの続きを言っちゃうほど、私は空気が読めない女じゃない。
「小五郎ちゃん!起きて!」
「……んあ?」
私はさっき踏みつけちゃった相手を起こしに戻った。
…あれ?
小五郎ちゃんの頭、たんこぶ出来てる…
あ、そういえば快斗が…
−ヘボ探偵、死んでねーか見といた方がいいぜ−
…あの2人、何したの?
「うがっ!あら〜マズイ!10時過ぎてる!爆発するぅーっ!!」
「…」
腕を振り回したってIDは外れないよ、小五郎ちゃん…。
「もう外せるよ、ベルト」
「えっ!ベルト!?」
カチャカチャ
「きゃ…!こっ、小五郎ちゃんの変態ーっ!」
「ぐはあっ!」
信じられない!
いきなりズボン下げるとか有り得ないんだけどっ!!