smaragd | ナノ

Zauber Karte

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キミだけしか愛せない


ピーーッ、ピーーッ…


「あ、制服乾いたね」
「みてーだな」


乾燥機から学ランを取り出して、ハンガーに掛けた。


「っていうか快斗…」
「んー?」
「……ううん、何でもない」


濡れた制服が乾くまでの間、私のロングTシャツとスウェットを快斗に貸したのだけど、それを難なく着こなす快斗に少しだけショックを受けた。
そもそも男女問わず変装する事が出来るこそ泥さんに、サイズを気にする事自体ヤボな話だ。
……でもやっぱりショック。


「…優月」
「うん?」
「…今日、泊まってっていいか?」


泣いたせいか、目の周りが少し赤くなっている快斗。
そんな快斗を、理由も無しに拒絶するのは胸が痛かった。


「…うん、いいよ」


今の私に快斗が泊まる事を拒む理由なんてないし、最初から拒むつもりもない。


「コーヒー飲む?」
「おー」


2人でカップを啜りながら、窓の外を見た。
雨はいつの間にか止んでいて、綺麗なオレンジ色の夕日が窓ガラスに反射している。


「…何か、逆に惨めな気持ちになっちゃったね」
「…んな事、初めから分かってたよ。オメーだってそうだろ?」
「…うん」


結局この心を満たせるのは、他でもない新一しかいないんだなって実感した。
私と快斗には、虚しさだけが残っただけ。
得る物なんて何も無かった。


「…なぁ、オメーはどう思う?」
「うん?」
「あのまま入れてたら、どうなってたか…」


…そう、私達は最後まで出来なかった。
ううん、しなかった。
どちらから拒否反応を示したとかじゃなく、ただお互いに、ここから先は何が何でも超えてはいけないって思考が働いたんだ。


「多分…今頃こう決めてたと思う。快斗とはもう友達やめようって…」
「えっ、そこまで!?」
「うん…」
「ふ〜、危ねぇ危ねぇ…。止めといて良かったぜ」
「ふふっ、でも少しだけビックリしちゃった。まさか本当に快斗がベルトを外すなんて思いもしなかったから」
「バーロ、俺だって男だぜ?あんな状況で」
「あれは!」
「へ?」
「ベルトがキツかっただけなんでしょ?」
「…ん、そーゆー事!」
「ぷっ…」
「「あははは!」」


快斗がいつもの笑顔を私に向けて笑う。
やっぱり私達は、この関係のままがいいんだなって改めて思った。


「あ、優月オメーさ」
「え?」
「酒、飲めるか?」
「お酒?」


お酒なら、アメリカにいた頃、ホームパーティとかで友達が飲んでたものを少しだけもらったりしてたから、一応飲める。
そういえば、日本に帰ってきてからは飲んでないな…。


「一応飲めるけど…何で?」
「夜さ、飲み会しよーぜ!慰め会ってやつ!」
「……は?何で?」
「うわ、優月ちゃん酷いっ!酒飲みながら俺の話聞いてくれよ!」
「いや…話なら今ここですればいいじゃない。なぜお酒が入るのよ?」
「まぁまぁ、そう堅い事言うなって!それにほら、俺なんてもう色んな犯罪犯してるし!未成年が飲酒とか、今更気にしねーから!」
「いやアンタはそうだけど私は…」
「そうか…。オメーは、この傷ついてボロボロになった親友をそうやって捨てるんだな…」
「うっ…」


涙目で言われると断れないじゃん!


「わ、わかったよ。仕方ないなぁ…」
「じゃあ早速買いに行こーぜ!」


私達はお互いの失恋エピソードを中心に、色々な話をした。
結局、快斗に何だかんだお酌をされ続け、明け方まで飲み明かし…。


「あ、頭が割れそ…」


翌日、私は二日酔いの体で登校するハメになった。
快斗はと言うと、ケロッとした顔で早々とうちを出ていった。
実はかなりの酒豪だったみたい。
何歳から飲んでんだろ…。


「ねぇ優月」
「うん?」
「よかったら明後日、一緒に遊園地に行かない?実はお父さんの」
「あ、ごめん蘭。明後日は大事な用事があるの…」
「あ…そうなんだ…」
「うん…。それに」
「え?」
「例え予定が無かったとしても…そんな所で今は遊べる気になんてなれないよ…」
「優月…」


学校に行く前、私は高田さんに電話をした。
この前の電話でミラクルランドがどーの、みなとみらいがどーのって言ってたのを思い出し、これは快斗の事と何か関係があるかもしれないと感じたから。


−俺さー、オメーには黙ってたんだけどォ…−
−うん?−
−4月ぐらいから、例のパンドラを狙ってる組織じゃねぇ奴らに命狙われてんだよね〜−
−…はぁ!?どーゆー事!?−


詳しく問い質すと、4月4日、みなとみらいにある深山美術館にダイヤを盗みに入った帰り道、謎の3人組から発砲されまくったらしい。
幸い怪我は無かったみたいだけど、それ以来ずーーっと快斗は仕事の度に変な奴らに追っかけ回されてるとか…。


−でも顔は見たんじゃないの?なら警察に−
−それがさぁ〜、そん時二日酔いであーんま覚えてなくて!−
−…は?−
−まぁ、この天才快斗くんが裏道に誘い込んで撒いてやったけどな!薬莢とか落としてっただろうから、そこからすぐに足がつくと思ったんだけどさー…。でも何だか知らねーけど警察は捜査打ち切っちまったみてーで、俺八方塞がり!的な。はぁ〜…なぁ優月、オメーも思うだろ?俺がとことん可哀想な男だって…−
−ええ、ほんと…。どこまでも可哀想な男ね、快斗は…−
−優月サイコー!−
−つくづくアホでどうしようもない、人をイラつかせる才能に長けてるただのキザなバ怪盗で、って意味よ−
−ひ、ひでぇ…−


「はぁ〜…」


17歳にして呑んだくれなアホ息子を見て天国の盗一さんは泣いてるだろうな。


「あ、快斗?依頼引き受けたよ…。うん、2日後…また連絡するね」


快斗の命を狙う奴らが、この再調査する事件に関係がある確証はない。
でも、少しでも気になったら調べないと気が済まないし、落ち着かない。


「おお、優月くんかね!久しぶりじゃのぉ!」
「やっほー!」


放課後、スケボーを改良してもらおうと思って博士の家に来た私。
だけど……。


「…よぉ」
「……」


タイミング悪く、新一も居た。


「…博士、スケボーの改良お願いしていい?」
「ああ、構わんぞ」
「……」


新一の居る方向から、「俺を無視すんじゃねーよ」オーラが漂ってきてるのを感じた。
あんな一方的に別れを切り出されて普通にしていられるほど、私はバカじゃない。
幼なじみに戻ろうなんて言われたって…そんなの、無理だよ…。


「いつ終わる?」
「そうじゃのー…早くて明後日じゃな」
「明後日!?それはちょっと…」


どうしよう…。
捜査で色んな場所を歩く事になったら、スケボー無しでは難しいな…。
タクシー使う?
けど出費が嵩むし…。
ああ、こんな時ラディッシュがいてくれたら、パトカーでもなんでも出してもらえるのに。


「ん?何か急ぎの用事でもあるのかね?」
「うん…捜査で使う予定だったんだ…」
「捜査で?」
「なぁ、もしかしてその捜査ってレッドキャッスルホテルに行くのか?」
「……」


−よかったら明後日、一緒に遊園地に行かない?−


新一の言葉で、小五郎ちゃんの所にも電話来たんだなって分かったし、蘭の言ってた遊園地がどこなのかも分かった。
それと同時に、胸がズキズキと痛み出した。


「優月?」
「……」


新一は、何でそんなに普通にしていられるの…?
所詮、私なんかもう…。
新一にとって、過去の存在なの…?


「…博士」
「な、何じゃね?」
「明後日、スケボー持ってみなとみらいに来て…」
「あ、あぁ分かった…」


私は玄関のドアに手をかけた。


「…おい」
「…」
「オメーなにさっきから俺の事シカトしてんだよ…」


胸が痛い。
こんなに痛いんだよ、新一…。
わかってよ……。


「…教えてあげようか?」
「おー」
「嫌いだからよ…」
「…は?」
「アンタが大っ嫌いだからよ、工藤くん」


私は言い終わると同時に、素早く外に飛び出した。


「…嘘に、決まってるじゃん…」


私が新一を、嫌いになれるワケないじゃない…。
今でも、大好きだよ…。
こんなに愛してるんだよ、新一っ…!


「……カタストロフィー理論、か…」


今まさに、その理論を実感してる。
新一はいつも私に言ってた。
人が人を殺す理由に理解は出来ても納得は出来ない、と。
もちろん私だってそういう考えだった。
でも、今は…。
今は少しだけ、私の中でその考えが変わってきている。
全てに於いて、納得出来ないワケじゃないのかもしれないと…。
どうして新一は、私の今の感情を分かってくれないの?
どうして、平気でいられるの?
私1人でずっと苦しんでるなんて、そんなのズルいよ…。
ずっと、新一との想い出に縛られてて、苦しいよ…。


bkm?

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