「か、快斗!?どうしたのこんなにずぶ濡れで!」
快斗の表情は俯いているから分からない。
でも、ただ事じゃないって判断した。
「とにかくうちに入って!風邪ひいちゃうよ!」
家のドアを開け、快斗をソファに座らせた私は、タオルを取りにバスルームへと行った。
その間、快斗は何も話さない。
ただ、すごく泣きそうな顔をしながら捨てられた子犬みたいにずっと項垂れてたのが気がかりだった。
「はい、タオル」
「……」
「おーい」
下を向いたまま、黙ってる快斗の髪の毛から、雫がポタポタと垂れ落ちる。
「もう、しょうがな……わぁっ!!」
私が快斗の頭を拭こうと手を伸ばした時、急に引き寄せられた。
「…快、斗?」
「………た」
「え?」
「青子に…フラレた」
私を強く抱き締める快斗の体は酷く震えていた。
これは…寒いから?
それとも、泣いてるから…?
「嘘…でしょ?」
「……」
「ねぇ…快」
「俺は…」
「え…?」
「幼なじみの俺は…そういう目で…見れねぇって…」
「っ…」
心臓がドクンと跳ね上がった。
そんな風に言われたら…。
誰だって、絶望的になるに決まってる。
「くっ…」
「……」
快斗はきっと…青子ちゃんと出会った事を、後悔しているんだ…。
そして、幼なじみである自分自身に対して…
やり場の無い、怒りや悲しみ…
色々な感情を、抱えているんだ…。
「…なぁ、俺はどうすればいい…?」
声が、震えてる…。
「どうすれば…いいんだよ…」
そう言いながら、快斗は顔を上げた。
…ああ、やっぱり。
「…快斗はすごいね」
「…え?」
「だって、涙が出るんだもの…。ちゃんと現実を受け入れられた証拠だよ…」
「……」
「私もね、失恋しちゃった…」
「…は?」
「新一にね、もう幼なじみに戻ろうって言われちゃったんだ…。でもね、涙が出ないの…。苦しくて苦しくて、楽になりたいのに…どうしても出ないんだ…」
「…」
「ねぇ、どうしたら快斗みたいに涙が流せるの?教えてよ…」
言い終わらないうちに、さっきよりも強い力で、快斗に腕を引っ張られた。
「…舐め合うか、傷」
あと数ミリで唇と唇が当たるぐらいの距離で、快斗は呟いた。
「…快斗が、決めて」
私が言い終わるか否かのタイミングで、唇が軽く触れ合った。
その瞬間、私の中で、何かが弾け飛んだ気がした。
「…マジになっていい?」
「…As you like」
快斗の手が、私の後頭部に添えられた。
「っ、は…」
重なり合う唇からは、切ない吐息が漏れる。
快斗はこんな風に舌を絡めるんだ、って、妙に冷静に感じる自分は、感情の一部が狂ってしまっているのかもしれない。
でも今の私達にとっては、お互いの存在が何よりの救いだった。
快斗の髪の先から滴り落ちる雨の雫が、私の頬を濡らす。
まるで、泣いているかの様に、水滴はゆっくりと、頬を伝ってゆく…。
「…っ、」
不意に快斗は、私の首筋に舌を這わせ始めた。
少し冷えた肌に感じる、快斗の熱。
戸惑いを覚えない筈が無い。
「だ、ダメだよ快っ」
私はキスで唇を塞がれながら、快斗にソファへ沈まされた。
「…快、斗?」
私の両手を強く押さえつける快斗の目は、普段の無邪気な瞳をしていなかった。
私の知らない"本能"を剥き出しにした快斗に、思わず恐怖心が込み上げてくる。
「…なぁ優月、」
「…え?」
「……俺達が今、お互いに求め合うのは……いけねぇ事なのか…?」
「っ…」
私も快斗も、恋人はいない。
だけど、心は目の前の人物を求めてるワケじゃない。
……そんなの。
そんなの、分かってる。
でも快斗の哀愁漂う表情を見てると、素直に首を縦に振る事は出来なかった。
「教えてくれよ…。アイツの忘れ方を…」
「っ…!」
快斗は私の首筋に何度も唇を落とし、その欲望を私にちらつかせる。
…ダメ。
こんなの…絶対に違う。
こんな事で、忘れられるワケが無い…。
その事を、声に出したい。
だけど……今の快斗には、どうしても言えなかった。
私に出来る事は、ひたすら唇を噛み締めて、快斗の一時的な迷いを受け入れてあげる事しか無いんだ。
「……」
ふと、快斗の肩越しに窓を見た。
ガラスを滑る雨の粒が、まるで真珠のカーテンみたいでとてもキレイだった。
快斗の唇が、顔や首筋に当たるのを感じながら、私はそんな事を思っていた。
「んっ…?!」
思わず体が、ビクッと跳ねる。
私のシャツの中に入ってきた快斗の手は、雨で冷えたせいかヒンヤリと冷たかった。
当たり前の事かもしれないけど、私の体を触る快斗の手つきは、私がよく知ってる動きをしてない…。
こんな所で、新一の事を思い出してしまうなんて…。
けれど、胸がズキズキ痛むだけで、決して、涙は出ないんだ。
「っ…」
快斗は私の足を軽く持ち上げると、その冷たくなった手をスカートの中に滑り込ませてきた。
でも…それでも私は。
「っ…」
抵抗なんてせず、唇を噛み締めながら、黙って全てを受け入れた。
理由なんて分からないけど、この前みたいに拒絶する事なんて出来なかった。
カチャカチャ
快斗がベルトを外す音が無音の空間に響く。
…この先の行為に、愛なんてものは存在しない。
そんなの、分かってる。
でも、それを知りながらも…。
「……足、開けよ」
「…うん」
その金属音を黙って聞いている自分は、何て最低な女なんだろうって、自分自身に幻滅した。