昨夜から降る激しい雨は、朝になっても止む気配がない。
まるで私の心に流れる涙の様で、少しだけ切なくなった。
「おはよー!」
「優月おはよー」
「おっはよー」
普段通り皆に笑顔を向け、自分の席につく。
「おはよう蘭!」
「あ…うん、おはよう…」
これでいいんだ。
何も考えないで、ただ心を無にして過ごせば何て事ない。
考えるから、どんどん気持ちが暗くなる。
「えっ?この前書いた進路調査書を書き直すだと?」
「うん。だから返してほしいの」
「ま、まさかお前…!」
「え…?」
「東都に進む為に工藤と別れてくれたのか!?そうかそうか、よく決心してくれたなぁ!」
「……クソゴリラが」
「えっ!?」
「もういい。東都大、進学してあげようと思ってたけどやめるわ」
「ちょ!わ、悪かった花宮っ!今のは取り消すからやめないでくれーっ!!」
バーカ。
東都なんて最初から行く気無いに決まってるじゃない。
心の中でゴリラに舌を出しながら、進路調査用紙を引ったくって職員室を後にした。
「えー…この3つのベクトルについては=2+3が成り立ち、ベクトルは他の2つの…」
「ふぁ…」
普段通りに退屈な授業を受けながら、チラッと隣の席を見る。
そこに、新一の姿は無い。
って事は、今頃は小学校で私と同じ様に、退屈な授業を受けてるんだ…。
新一がコナンになってから、隣の席がいつも空席なのは当たり前の事だった。
別に寂しさなんて感じて無かったし、学校で会えない分、新一はいつも私のそばにいてくれてた。
でももう、隣にはいないんだ…。
「っ……」
以前、有希ちゃんから聞いた。
優作さんは米花センタービルの昨日と同じ場所で起きた事件を解決してすぐ、戻ってくるなり有希ちゃんにプロポーズをしたって…。
新一は、昨日蘭に告白したのかな…。
授業を受けてる蘭の背中を見て、ズキン、と胸が痛くなる。
……泣きたいのに、泣けない。
鼻がツンてなる感覚も、ない。
いつになったら、受け入れる事が出来るんだろう…。
夢も希望も無い私に、この悲しく暗い気持ちを向けさせる矛先なんて、あるのだろうか……。
「優月ってば!」
「わっ!ど、どしたの園子…!」
いつの間にか授業は終わっていて、教室には束の間の喧騒が戻っていた。
「蘭から聞いたわよ!アンタ、新一くんと別れたんですって!?」
「あ…うん!そーなの!」
「そ、そーなのってアンタ…」
「今まで相談とか乗ってくれてありがとね2人共!花宮優月、今日から心機一転頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします!」
「優月…」
「えへっ!」
今は自分の感情が表に出ない様に、ひたすら笑顔でいるのが精一杯。
蘭や園子とどんな会話をしたかなんてあまり覚えてない。
それぐらい私は必死だった。
「…ねぇ」
「うん?」
「なんでツラいのに無理して笑ってるの…?」
「えー?やだなぁ、蘭ってば!何言ってるの?無理してなんかないって!」
「でも…」
「ほら!次、化学だよ?移動しようよ!」
「…」
快斗も言ってた。
笑う門には何ちゃらが来るって。
だから私は笑顔を貼り付けて、これからの日々を過ごそうって決めた。
蘭にも、何も聞かない。
聞いたら、蘭の事を嫌いになってしまいそうな気がするから。
自分の心が、またどす黒くなるのが嫌だから。
これは逃げているのかもしれない。
でも、私は…
私はそんなに強くない。
そんな決意をしてからあっという間に2週間が経ち、作り笑いにも慣れてきた頃…。
「タカダさん…ですか?」
お昼休みに突然私のケータイが鳴った。
出てみると、タカダと名乗る男から、とある事件の再調査をして欲しいという依頼の内容だった。
他にもペラペラ喋ってたけど、全て右から左へ聞き流す様にして、空に渦巻く雨雲をボンヤリと眺めていた。
「申し訳ないんですが、そういった個人的な依頼は引き受けていないんです…」
「そんな事おっしゃらずに。もし事件の真犯人を暴く事が出来たら、依頼料は好きなだけお支払い致しますよ?」
「いや、えーっと…お金云々の問題じゃないんです。色々と立て込んでて忙しくて…」
悪いけど、今はそんな気分になれないよ…。
「そうですか…。では気が変わりましたらこの番号にお電話下さい」
「…はい。でも期待しないで下さいね。では…」
あれ?
そういえばこの人、何で私の番号がわかったんだろ?
まぁ今の世の中、個人情報なんてその気になれば簡単に調べられるもんね…。
気付いたら帰りのHRもあっという間に終わってた。
「じゃあね蘭、園子!また明日〜!」
「あ、うん…また明日…」
「バイバイ…」
ザーーーーー……
私は1人、傘をさしながら通学路を歩いて帰宅する。
もちろん、何も考えないで。
「最近、酷い雨ばっかり…」
でも、前みたいに嫌な気分にはならない。
私の代わりに空が泣いてくれている様で、少しだけこの天気が好きになってきた。
「……」
考えたって始まらない。
大変なのは今だけだ。
今をひたすら耐えればいい。
自分に言い聞かせながら歩いてたら、いつの間にか自宅マンションの前まで来ていた。
……このマンションも、早いとこ引き払わないとね。
新一と別れたのだから、有希ちゃんにいつまでもお世話になってるわけにはいかないもの…。
「…あれ?」
マンションのエントランス前の階段を見ると、快斗が雨に濡れながら、項垂れて座っていた。