smaragd | ナノ

Zauber Karte

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見えない涙、流せない涙


チッ、チッ、チッ…


時計の秒針が動く音が部屋に響く。
静まり返った空間で聞くと、何て耳障りなんだろう。


「どう、して…?」


一体、あの電話から何時間が経ったんだろう…。
なぜ彼が突然、私に別れを告げたのか…。
いくら考えようとしても、さっきの冷たく言い放った新一の声が、耳から離れてくれなくて…。


−もう終わりにしようぜ−


一生懸命思考を張り巡らせても、新一が私との別れを選んだ理由は一体何なのか…。
新一が何を言わんとしていたのか、どうしてもわからなかった。


「あ…」


そうだ……。
快斗に報告しないと…。


「……っ、」


手に取ったケータイをテーブルに置き直した。
ダメだよ、電話なんか出来ない…。
快斗がせっかく気合い入れて告白するって決意したばっかりじゃない…。
今こんな暗い事言ったら、優しい快斗はまた私に気を遣って告白しないって言うに決まってる。


「…嫌だよ…」


1人は、怖い。
もう誰も、私を優しく抱き締めてくれる人は、いないんだ…。
……新一は、私から離れてしまったのだから。


ピリリリリリリ


寂しい虚無感に押し潰されそうになっていた時、ケータイがけたたましく鳴り響いた。


「……はい」
「おお、優月君かね?」
「目暮警部…どうしたんですか?」


自分でも笑っちゃうくらい感情が篭ってない声をしていた。


「実はなぁ、米花センタービルのエレベーター内で殺人事件が起きてな…。よかったら我々と一緒にと思って電話したんだが…」


米花、センタービル…?
どこかで聞いた様な気がする…。


「あ、いや…気が乗らないなら無理しなくても」
「大丈夫です…」
「え…?」
「今から、米花センタービルに行きます…」
「そ、そうかね?何か悪いな…」
「いえ、暇を持て余してたので…」
「そうか…。じゃあ現場でな」


こんなんで、推理なんか出来るのかな…。
1人が嫌だから警部の誘い受けたのに…何だか不安だな…。


「…ふーー…」


ダメ、ちゃんとしなきゃ。
公私混同は禁物だもの…。
事件の時は冷静にならないと、様々な見落としの原因になる…。


「…よし!行こう!」


私は暗闇にそびえ立つ、米花センタービルへと向かった。


「優月くん!こっちだ!」
「あ、目暮警部…今着いたの?」
「ああ。早速だが、現場のある38階に向かおう」
「け、警部まさか…38階まで階段使わなきゃいけないの?」


エレベーター内で殺人が起きたからエレベーター使えないんだよね…?


「いや、それは心配いらんぞ。事件が起きたエレベーターの他にもう1つあるからな」
「よかった…」


現場に着いた私と警部は、高木刑事から詳しい話を聞く事にした。


「で?被害者の身元は?」
「辰巳泰治さん58歳、ゲーム会社の社長だそうです。発見したのはあの3人。同じゲーム会社の社員で、このエレベーターで…」
「……」


高木刑事が事件の概要を説明している中で、私の頭の中はさっき自分自身に降りかかってきた事件の事でいっぱいだった。
あの冷たい声色をした新一の言葉が、いつまでも、耳から離れない。
どうして新一は私に別れを告げたのか、それを考えるのに精一杯だった。
私が快斗を庇ったから?
大嫌いって言ったから?
ずっと謝らなかったから?
こんな事、考えたって無意味だ。
新一の考えてる事は、新一本人にしか分からない。
探偵なんて所詮、普通より少し知識を持て余したタダの人間。
超能力者でもなんでもない。
どんなに推理したって、他人の気持ちまでは正確に見抜けない。


「…くん…優月くん!」
「っ、はい!?」
「どうかしたのかね?」
「あ、いえ…何でもない、です…」
「ならいいが…」


いけないいけない!
公私混同はダメだってば!


「おい、前にもここで似たような事件がなかったか?」
「え?」
「ほら、ワシが新米だった頃、妙な若い男が口を挟んできて…」
「妙な若い男?」
「その頃僕はまだ小学生ですよ」


警部が新米の頃なら、私はまだ産まれてもいない。
誰なんだろう…?


「申し訳ありませんが、金目当ての犯行ではないと思いますよ…」


…えっ?


「そうそうそう、こんな風に…ええっ!?」


声がする方を向くと、遺体を調べながら話す新一の姿があった。


「あ…」


な、何で新一が…!?


「犯人が金目当てで拳銃を所持していたのなら、ターゲットを人気の無い場所へ誘導するはずです」


そう言いながら淡々と話す新一。
私が後ろにいる事に気付いているのかどうかは、分からない。


「殺害後に金目の物を捜すつもりだったとしたら、いつ誰が動かすかもしれないエレベーターの中は最悪な場所。それに、金目当てでもシャツの袖のボタンまでは外しませんよ。そう思いませんか?目暮警部…」
「く、工藤君!!」


新一は振り向いても、私と目を合わせようとしなかった。
…という事は、私が来てたの、気付いてて…。


「しーっ!僕の名前は伏せて下さい!」
「なんだ、またかね?」
「…」


神様は意地悪だ。
どうして、"今"なんだろう…。


「しかしどうして君がここに?」
「蘭と2人で食事してたんですよ」
「…え?」


耳を疑った。
蘭、と…2人…?
後ろを見ると、arseneと書かれた看板が目に入った。
arseneって……。


「まったく…。高校生がこんな所で食事とは…」
「いえ、ここにしたのはちょっとワケありで…」
「あ…」


思い出した。
このarseneっていうレストランは…。


「私、帰ります…」
「え?具合でも悪いのかね?」


ここに、居たくない。


「優月さん、僕送っていきましょうか?」


今すぐここから逃げたい。


「いえ、結構よ高木刑事…。1人で帰れるわ…」


エレベーターに向かおうと歩き出した、その時。


「それじゃあ、お気を付けて。花宮さん…」
「…っ!」


思わず走って階段を駆け降りた。
2、3階降りた後、エレベーターに乗り込み、1階のボタンを押した。


「何よ…あれ…」


足の力が一気に抜けて、思わず床に座り込んだ。
新一は作り笑顔で、しかもあんな態度で…。
幼なじみとしてじゃなく、ただのクラスメート…ううん、もはや見ず知らずの他人に話しかけるかの様な態度と口調で、私に接してきた。
何よりも、名字で私を呼んだ事にとてつもない疎外感を感じた。
周りから見れば、何気ない一言だったのかもしれない。
でも、"俺とお前はもう他人だ"…って…。
新一が私を、全否定しているみたいに聞こえて……。


ザーーーーー…


いつの間にか外は激しい雨が降っていた。
大きくて冷たい雨粒が、傘をさしていない私の体を容赦なく濡らしていく。


「雨なんて…大っ嫌い…」


だけど、今はそんな大嫌いな雨に打たれるのが妙に心地良いのは何故なの?
…私も、こんな風に泣けたらいいのに。
普通なら涙が溢れ出て止まらないはずなのに、一滴も出てこないなんて…。


「あはは…何か惨め…」


自然と自嘲気味な笑みがこぼれた。
今の私は周りから見れば、かなり滑稽に見えるだろう…。
それが妙に可笑しくて、無様で。
でも、もうどうでもよかった。


「……」


私はセンタービルを見上げ、それと共に、以前、嬉しそうに話してくれた有希ちゃんの顔が頭に浮かんだ。
ここのレストランは、優作さんと有希ちゃんの想い出の場所…。
そんな場所に、蘭と一緒に来たって事は…新一は…蘭に……。


−アイツに彼氏がいようと関係ねぇ。俺は自分自身に嘘つきたくねーんだよ…−


…正夢に、なっちゃった。
きっと、手のかかる私がもう厄介になって、気持ちが冷めてしまったんだ…。
それで…一つ屋根の下で暮らしてる蘭に、いつの間にか気持ちが…。


「っ……」


激しい雨が地面に叩きつけられる音を静かに聞いてると、あの曲を思い出す。
雨の日に、よく新一と一緒に聴いていた、私が好きな曲を…。


−優月オメー、またこれ聴いてんのかぁ?−
−うん!だって雨だし−
−だからって梅雨の時期にこんな縁起わりぃ歌詞なんか、毎日聴きたかねーよ俺は…−
−もう!新一は考え過ぎだよっ!曲調が良いんだから気にしない、気にしない!−


私はその想い出のあるメロディーを、ゆっくりと口ずさみながら歩き出した。
この、ポッカリと穴が空いた心に流れる涙を、洗い流すかの様に…。
悲しい雨に、打たれながら。


bkm?

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