蒲田さんは、自分の学説を覆してしまう恐れがあった例外的な患者さんに間違った薬をわざと投与し殺してしまった。
理由は学会に発表しようとしていた自分の学説を守る為。
ただそれだけの事で…
一生懸命生きようとしてた人の命を、蒲田さんは何の躊躇いも無く奪ってしまった…。
「その話を彼から聞いたのは、先週彩子ちゃんに婚約を解消されて、やけ酒を飲んでた彼に付き合ってあげた時…。彼、後悔するどころか苦々しげにこう吐き捨てたわ…。人間の命さえも自由にできるこの俺が、10代の小娘1人に振り回されるとは…まったく馬鹿げた世の中だ…ってね…」
「……」
ほんと、ホームズの言う通りだと思う。
−When a doctor does go wrong he is the first of criminals.−
(医者が悪事に手を染めると第一級の犯罪者になる)
−He has nerve and he has knowledge.−
(いずれも人並み以上の度胸と知識を備えた連中だからね)
「だから分からせてあげたの。彼の様な医者が人の命を扱う事の方が馬鹿げてるって事をね…」
…だからって、そんな殺す価値も無いような男のせいで殺人者になる事は無いと思うんだけど。
医学を冒涜されたのがよっぽど悔しかったのかな…
「じゃあ、蒲田さんの車のダッシュボードに薬のビンを入れたのも…」
「そう、それも私。ダッシュボードに入ってた免許証を隠して彼に不穏な行動を取らせたのもね…」
やっぱりね…
「ラッキーだったわね、名探偵のお2人さん?雨が降ってくれて…」
「え…?」
「あれが無ければ、私が犯人だという証拠は得られなかったんじゃない?」
「…残念でした。私はあなたが未使用のガムシロとミルクを持っている時点で、犯人があなただと睨んでいたわ」
「僕もですよ」
「え!?」
「あなた、トイレから帰ってきた時、劇はもう始まっていたと言っていましたよね?」
「…ええ」
「劇が始まって暗くなった中でカップのフタを開けても、普通はアイスコーヒーとコーラの違いなんて見分けられないわ…」
「だから確信したんです…」
「「貴女は事前に、フタを開けて知っていたんだとね…」」
私と新一が発した言葉を聞き、彼女は全てを悟った様だった。
「フッ、参ったわね…。同じ高校のOGとしてあなた達2人の事、誇りにさせてもらうわよ…」
「さぁ、後は署の方で…」
「……」
犯罪者なんかに、誇りに思われたくないわ。
私達は他人から誇りに思われたくて探偵をやってるわけじゃない。
どんな理由があるにしろ、個人的な理由で人の命を軽率に奪い、それを自ら率先して隠蔽しようとする事がどうしても許せない。
−優月、おいで。もうすぐ優月のお誕生日だから、ケーキの予約をしに行きましょうか−
−わーい!優月、苺がいっぱい乗ってるのにするー!−
−ふふっ、わかったわ。好きなの選んでね−
ママ……。
−ああ、重たくなったなぁ優月…。あんまり急いで大人になると、パパ、泣いちゃうぞぉ?−
−えー?泣いちゃダメ!パパが泣いちゃうと優月も泣いちゃう!−
−ははは、じゃあ泣くに泣けないなぁ−
パパ…。
生きたくても、生きる事が出来なかった人だっている…。
なのに、どうして己の欲望の為に他人の命を簡単に考えてしまうの…?
「何か今日の平次、手品師の助手みたいやったねー?」
「しゃーないやろ?ここは東京やねんからアイツに花持たせたらな」
「っ、」
みんなの会話に、ハッと我に返った。
……今はこんな事考えてる時じゃないわ。
「いやー!相変わらず息の合った名推理だったよキミ達!」
「「いえいえ…」」
げっ、ハモった…。
「まぁ、まだ私の域には達してませんがね!」
小五郎ちゃんが、ふん、と胸を張ってふんぞり返る。
実は新一の事、何だかんだで認めてるクセに…。
「どうかね?久しぶりに2人で被疑者の事情聴取に立ち合わんか?」
「あ、えっと…」
「あーいや、僕は遠慮しときますよ。まだヤボ用が残ってますし…」
「え…」
「あぁ、そっか…」
「…」
新一の言うヤボ用が何なのかは紛れもなく私の事だなって分かった。
だって新一は、私の目を見ながら言ったんだから…。
「あ、それからこの事件に僕が関与した事は内密に…」
「それは構わんが…最近謙虚だなぁ、キミは…」
そりゃあ凶悪な組織が絡んでるんだからね〜…。
「行くぞ、毛利くん!」
「はい!警部殿!」
「ふ〜…」
やーっと終わった…。
久しぶりに頭使ったから疲れちゃったなぁ…。
「なぁ工藤。何で事情聴取に立ち合わへんねや?」
「悪いな。トリックなんて所詮人間が考え出したパズル。頭を捻ればいつかは論理的な答えを導き出せるけど…っ…!」
「…え?」
新一…っ、まさか!?
「情けねーが、人が人を殺した理由だけは…どんなに説明されても、分からねーんだ…。理解は、出来てもっ…納得、出来ねーんだ…。ま、全く…な…」
新一は言い終わると同時に、床に倒れ込んだ。
「し、新一!?」
「おい工藤!?工藤!!」
ど、どうしよう…!
こんな所でコナンになっちゃったりしたら…!
「新一!しっかりして!ねぇ!新一ってば!」
「……」
ダメだ…意識がない!
「平次くん!急いで新一を保健室に!」
「あ、ああ!せやな!」
私はコナンに変装していた哀ちゃんから軽く事情を聞いた。
何でも、新一が待ちに待ってた耐性のつかない解毒剤の試作品が出来上がり、実験も兼ねてそれを新一に飲ませ、蘭にバレないように2人でこっそり作戦を練って今日実行したらしい。
「それに、彼が薬を飲んだ理由はそれだけじゃないわ…」
「えっ、どういう事?他にどんな理由があるの?」
「…それは工藤くんの口から聞くのね。私が言うべき事じゃないから」
「…そう」
とりあえず新一が事件に関わった事を、この観客達に口止めしといた方が良さそうね…。
効果があるのかはわからないけど、何もやらないよりは……。
「皆さん、聞いて下さい!!」
マイク越しの私の声に、体育館内に集まる人達が響めく。
「うちのOGが、この帝丹高校の中で殺人を犯したなんて世間に知られたら大問題…いいえ、もう廃校の危機に晒されるかもしれないわよ!!マスコミにつけ回され、夜も眠れなくなる羽目になるし、周りからの好奇の目で肩身の狭い思いをする事になるかもしれない!!そうなりたくなかったら、事件の事はぜーーったいに!!外部には漏らさないように!!いいわね!?下手したら訴えられるかもしれないわよ!?」
「「「は…はい!!」」」
よし…。
この場は治める事が出来たし、私も保健室に向かおう!