「一度ならず二度までも…私をお助けになる貴方は一体誰なのです…?ああ…黒衣を纏った名も無き騎士殿…私の願いを叶えて頂けるのなら…どうか、その漆黒の仮面をお取りになって素顔を私に…」
「…それが姫のお望みとあらば、醜き傷を負いしこの顔…月明かりの下に晒しましょう…」
「貴方はもしやスペイド…昔我が父に眉間を斬られ、庭から追い出された貴方がトランプ王国の王子だったとはってドコ触ってんの、よっ!!」
「いってぇーっ!!これ位サービスしてくれたってバチは当たんねーだろぉ!?」
「人のお尻触っといて開き直るなこの変態バ快斗っ!」
快斗ならいい練習相手になると思ったのに!
「しっかしオメーいい尻してんなー!安産型ってヤツ?」
「あら、本当?嬉しいわ〜!……快斗くん」
「へ?」
「私最近、体鈍ってんのよね…」
「あ…えっと…」
「とゆー事で…覚悟決めてね?」
「ちょ、待て!早まるな!」
「うん、少し黙ろうか?」
「ぎ、ぎ、ぎゃあぁあぁぁ!!」
この前までは快斗が私を頻繁に呼び出してたのが、最近じゃ見事に立場逆転。
1人になるのが嫌で、堤向津川のほとりで意味もなく快斗を呼び出す毎日。
今日は快斗に騎士役やってもらったんだけど、それは間違いだったみたい。
「シクシクシク…」
「脱臼しない程度の関節技だけで済ませてあげたんだから感謝してよ?」
「もう立ち直れない…」
「…そんなに痛かった?」
「違う…」
「じゃあ何で立ち直れないの?」
「…俺、白が良かった…」
「…は?」
「オメーのパンツ、ピンクだった…」
「……」
快斗の変態はどうやっても直らないみたい。
ま、その方が快斗らしいっちゃらしいけど。
「…つーかさ」
「うん?」
「何オメー勝手に名探偵と別れたつもりでいんだよ?」
「……」
下着の色で落ち込んでたんじゃないのかよ。
元々切り替えが早い性格だからなのか、いきなり話題がぶっ飛ぶのはよくある事。
こんなのもう慣れっこになった。
「…だって、何も行動してこないんだもん…」
「…まぁ…名探偵もっ、色々考えてんじゃっ、ねーのか?…っと…っしゃあ!7回!」
「……」
石を川に投げながら話す快斗を見ながら思う。
よくこんな私のボヤキに毎日付き合ってくれてるな〜って。
「そういえば快斗っていつ青子ちゃんに告るの?」
快斗は石を投げようとした腕を急に降ろした。
「…快斗?」
「あのさぁー、のんきに告白なんか出来っかよ?オメーがこんな状態だっつーのに…」
「……」
どこまで優しいのよこの男は…。
「…グズグズしてたら他の人に盗られちゃうよ?」
「…フッ、俺を誰だと思ってんだよ?」
快斗はそう言うと、手のひらの石を一瞬で消した。
かと思ったら、反対側の手にいつの間にか石は移動してた。
初歩的なマジックかもしれないけど、快斗のその華麗な手つきはいつ見ても鮮やかで、つい喋る事も忘れて見とれてしまうくらい。
「…ふふっ、そうだったね。月下の奇術師さんなら奪い返すのはお手の物だもんね?」
「ったりめーだ、ろっ!」
トポン
石が川に沈んでいく音が妙に心地良い…
「…まぁ、焦る必要はねぇと思うぜ?」
そんな事、言ったって…
「アイツはそう簡単にオメーを手放したりしねぇよ…」
じゃあ何で…?
「…だと、いいけど…」
何で…新一は何も言ってこないの…?
どうして電話もメールも、してこないの…?
「ねぇ」
「んー?」
あの日から、1ヶ月くらいしか経ってないはずなのに…
「私ってさ、探偵だよね…?」
「は?オメー何当たりめーなこ、と…」
まるで…
「…何で、なのかな」
「…」
何年も経ったかの様に、長く感じる…
「何でさ…探偵なのに、新一の考えてる事が…わからないんだろ…」
「……」
ホント情けない…
名探偵が聞いて呆れ…
「…快、斗?」
「我慢するな」
「え…?」
「人間ってのは、泣きてぇ時に我慢してるとその分心が弱くなっていくんだ…。だから泣きてぇ時は思いっきり泣け。我慢なんかすんじゃねぇよ…」
張りつめていた心が、溶けていく様な気がした。
「…ふ…うっ…」
快斗が私を強く抱き締めながら、そう言ってくれた瞬間。
滝の様に…止めどなく、涙が溢れ出した。
「…ぜってー大丈夫だから。いざとなったら俺が、あのヘボ探偵に言ってやる」
「うん…」
「…アイツの事ぶん殴りてぇ俺。マジでムカつく」
「…うん」
快斗は普段、私の前で新一の事を絶対に悪く言ったりしない。
だから今、快斗は相当新一に対して怒ってるんだなって感じた。
でも何でだろう…
最近、快斗の心臓の音を聞くとすごく落ち着く様になってきた…
でも、忘れたくないよ…
新一に抱き締めて貰ってる時の、あの安らぐ感覚…
色褪せて、欲しく無いよ…