「一度ならず二度までも私をお助けになる貴方は一体誰なのですああ黒衣を纏っ」
「ストップストーップ!優月ったらさっきからずーっと棒読みじゃない!もっとハート姫になりきらないと!」
「…」
それは無理な話だよ、蘭さん…。
だってそこのソファには、仏頂面で台本を読んでる元カレがいるんだから。
ってゆーか、ネックレス壊した事すら謝らないってどーゆー事なの?
「…ねぇ、早く新一と仲直りしたら?」
「えっ」
「なんだオメー、あの探偵気取りのボウズと喧嘩でもしてんのか?」
「……」
紙袋を被ったまま喋る小五郎ちゃんが滑稽に見えてしまうのは置いといて…。
今この場でその話題を振られると、違った意味で泣きそうになるんだけど…。
これ、絶対新手のイジメでしょ?
「…小五郎ちゃん続きやろ?」
「あ?あぁ…」
ふと、快斗がいつも言っている盗一さんの言葉を思い出した。
−いつ何時たりとも、ポーカーフェイスを忘れるな…−
私はマジシャンでは無いけれど…
この言葉は、どんな人間にだって必要になる時があると思う。
「…一度ならず、二度までも…私をお助けになる貴方は、一体誰なのです…?ああ…黒衣を纏った、名も無き騎士殿…私の願いを叶えて頂けるのなら…どうか、その漆黒の仮面をお取りになって、素顔を私に…!」
私、やれば出来るじゃん!
「おぉ、それが姫のお望みとあらば…醜き傷を負いしこの顔、月明かりの下に晒しましょう…」
すぽっ
「ニヒッ!」
「…ぶっ!あはははははっ!!無理無理っ!小五郎ちゃんが黒衣の騎士とかぜぇーったい、無理!あはははははっ!あー、お腹痛い…」
でも小五郎ちゃんのお陰で気が紛れてよかった。
「もーお父さん真面目にやってあげてよね!学園祭まで時間無いんだもん!」
「バッ、バーロォ!こんな歯の浮くようなセリフ、真顔でやってられっかよ!」
「……」
英理ちゃんに歯の浮くようなセリフでプロポーズしたのは、どこの誰でしたっけー?
「大体誰なんだ?こんなラブラブな脚本書いたのは…」
「園子よ園子!あ、そういえば…黒衣の騎士は誰かをモデルにしたとか言ってたような…えーっと…」
誰だっけ?
「もう優月ったら。新一をイメージしたって園子、言ってたじゃない」
「……」
何て嫌なタイミング…。
「おいおいちょっと待て!」
「え?」
「騎士と姫が熱い口づけを交わす…なんて書いてあんじゃねーかっ!」
「…あぁ、フリだけだから大丈夫よ。小五郎ちゃん」
「そうよお父さん!何もそんなに焦らなくても…」
「ね、ねぇ…」
「え…?」
足元には、私のスカートの裾を引っ張るチビの姿が…
「誰がやるの?この騎士役…」
「……」
多分、新一の中での私の位置付けなんて、"恋人"から"ただの幼なじみ"に戻っただけなんだろう。
でなきゃ、こんな平然と話しかけてこないよ…。
「…誰だっていいでしょ?小1のガキには関係ないわ…」
「…」
ポーカーフェイスなんて私には無理だなって悟った。
「あらー、気になるの?コナンくん」
「ちょ、ちょっとね…」
「……」
意味分かんない…
「へっ!どーせしょーもない男子生徒だろーけどよー!」
「あら、2人共よーく知ってる人よ!」
「え?蘭、2人共新出先生の事知ってるの?」
「「えっ」」
「うん、この前事件で知り合ったの!」
「そうなんだ…」
「おい蘭!どーゆー事なんだ!?」
「あのね、優月がハート姫に決まった瞬間、うちの男子達が騎士役に立候補しまくっちゃって収拾つかない事態になっちゃって…。それで話し合った結果、内科検診で来た新出先生にお願いしたの!」
「へぇ、だからあの時騒がしかったんだぁ…」
快斗とメールしてたから全く見てなかった…
「先生、学生時代に何度も主役はってたらしくてとってもうまいのよ!セリフ回しとか、女性の扱い方とか。ね?優月?」
「え?あー、まぁ…」
「お、おいそりゃイカンぞイカン!」
「え?」
「ダメダメ!止めなよ優月姉ちゃんっ!」
「……」
何なの?さっきから…
新一の考えてる事が、わからないよ…。
何で…?
何で何も動いてこない新一が、そんな事言うの…?
新一にとっては私なんて…元カノなんじゃないの…?
「…大丈夫よ。先生には、劇の練習見て貰ってるだけ…。騎士役は園子が男装するって言ってたし…」
「なんだ…」
「やだ、もうこんな時間?朝練があるから早くお風呂入って寝なきゃ!」
「あ、じゃあ私帰」
「風呂なら壊れてっぞ…」
「……」
平然と言ってのける小五郎ちゃんは、きっと何日も入らなくても平気な人なんだろう…
「えーっ!僕も入りたかったのに…」
「だったら2人で銭湯にでも行って来いよ」
「でも…確か今日定休日よ?」
「……」
私はイマイチ悪になりきれないみたい。
新一とはこんな状態とはいえ、お風呂に入れないのはちょっと可哀想かなぁ…って不覚にも思ってしまった。
「じゃあ、うちのお風呂使う?」
「…え?いいの?」
「うん!ここから5分ぐらいだし、遠慮しないでどうぞ」
「じゃあ行く行く!早速着替えとってこないと!ほら、せっかくだしコナンくんも準備しよ?」
「あ…僕は博士んちで入るからいいや。これから週末のキャンプの打ち合わせに行くトコだし…」
「……」
ふーん。
人の厚意を無駄にした挙げ句、私とこんな状態だっていうのにノンキにキャンプですか。
へー、あっそ。
…じゃあもうキャンプ行ったまま帰って来なくていいわよ!
「ったく…打ち合わせなんて電話でやりゃあいいじゃねーか。博士もこんな遅くに迷惑だろう…優月んトコで2人で一緒に入って来いよ」
「じょ…冗談じゃないわよ!!」
「わっ!」
「何で私がコナンくんとお風呂に入んなきゃなんないのよー!!」
「「ひいっ!」」
ビ、ビックリしたぁ…
「あ…あ…だ、だから…やっぱりそーいう事は教育上良くないわよ!ね、コナンくん!」
「う、うん…」
「……蘭、行こ」
「あ、待って優月!」
何よ!何よ何よ!
顔赤くしちゃってさ!
本当は蘭と入りたかったんじゃないの!?
博士んちで一緒に入りたかったなーとか思ってたんでしょーよ!
あームカつく!!