「優月、いよいよ着陸だ…今の速度と高度は?」
「700フィート、140ノット…」
「よし…そのまま三度の降下率を保つんだ。蘭!ギアレバーを降ろしてフラップを引いてくれ!」
「わかった!」
「優月!」
「うん?何?」
「オメーに全て任せる…」
「えっ…」
「俺が指示を出さなくても、オメーなら出来るはずだ…!」
新、一…。
「…うん、わかった!」
ピーピーピー
「優月…」
「ええ…。新一、もう燃料がないわ…」
「わかった!やり直しはきかねぇ!一発で決めてくれ!」
いよいよね…。
絶対に成功してみせる!
絶対に、みんなを助けてみせるから!!
−50…−
私は機首を上げ、スラストレバーを思いきり引いた。
「…大丈夫よ、蘭、園子…」
「「優月…」」
−30…−
「絶対に助かる…。大丈夫だから!」
「…うん!」
「2人を信じてるわ!」
−10…−
その時、体にもの凄い勢いで振動が伝わった。
「きゃあっ!!」
「くっ…!」
地面についた…!!
私は機首を下げるために操縦桿を押した。
そして、スピードを緩める為に私がレバーに手を置いた時。
「え?」
2人の手が、私の手の甲を包み込んだ。
蘭…園子…。
「「「…せーの!」」」
ガシャッ!
止まれ!止まれ!止まれ!
そう何度も心の中で叫んだ。
だけど、私の願いとは裏腹に、飛行機の勢いは止まらない。
「優月!クレーンが!!」
「ぶつかるーー!!」
「っ!!」
こうなったら、ラダーペダルで…!!
ガガガガガガガッ!!!
飛行機はクレーンをギリギリで避けたものの、それでも止まる気配はない。
「お願い!!止まってー!!」
心の叫びが、無意識に口から放たれた。
目を瞑って、祈るしか…もうなかった。
ガガガガガガ、ガガガ、ガガ……………
「あ……」
「と、止まった…」
機体がゆっくりと止まったのを確認したのと同時に、自分の体からふっ、と力が抜け、操縦桿から手が離れた。
「…と、止まった……」
私……。
着陸、出来たんだ…。
みんなを…殺さずに済んだんだ…。
信じられない思いと、安堵する感情がぐっちゃぐちゃに絡まって、何も考えられない。
「パパ…新一…快斗…」
溢れ出る涙のせいで、言葉には出せなかったけど…。
みんな、ありがとう…って。
目の前に広がる、漆黒の海をぼんやりと眺めながら、今生きてる事に信じられない気持ちでいっぱいだった。
バンッ!
「やったね優月姉ちゃん!!」
「あ…」
頭では新一が来たっていう事だけは分かった。
けれど、私には、振り向く気力なんて無かった。
「優月!!大丈夫か!?」
「っ…新、一…」
「優月…」
あなたの、おかげよ…。
「私…出来たよ…」
「ああ…」
新一が、気付かせてくれたから。
「パパみたいに…成功…したよ…」
「ああ、ちゃんと見てたぜ!よくやったな…。さすがだよ…」
また、この手の温もりを感じる事が出来るなんて…っ!
「ふっ…うぇっ…新一ぃっ!!」
「っ、と…」
また…新一に抱き締めて貰えるなんて…!
「怖かったっ…怖かったよぉっ!新一っ!!」
「それでもよくやったじゃねーか…。ほんとオメーはすげぇよ!頑張ったな…!」
「うぇっ…ひっ、く…」
私の中で、張りつめていたものが弾けたような感覚がした。
こんなに泣いたのはいつ以来だろうってぐらい、子供みたいに泣いた。
その間ずっと新一は、私の背中を擦りながら黙っていてくれた。
しばらくして、不意に新一の体が離れ…。
「…なぁ、優月」
「…?」
「…ちゃんとお礼言いに行かねぇとな…。オメーの父さんと母さんに…」
新一は、私の涙を指で拭いながら言った。
「うん…会いに、行こうね…」
「ああ…」
─────────
「あらら、随分破壊しちゃったなぁ…」
救急車の傍らで、ホットココアを飲みながら呟く。
クレーンが破壊されてるのを見るのはちょっと心苦しいけど、まぁ仕方ないよね?
でも、ほんとに良かった!
樹里さん以外、死亡者が出る事も無かったし。
でも、なつきさんが警察に連れて行かれる時、思わず声かけたのはまずかったかな…。
−なつきさん!−
−…え?−
−私、なつきさんがまたメイクアップアーティストとして活躍する日を待ってます!−
なつきさんは優しく笑ってくれたけれど、真相を暴いた私が言ってはいけなかったのかもしれない。
でも、なつきさんにはまたメイクの道に戻ってきて欲しいって、心から思ったから…。
何か、こんな気持ちになったの、久しぶりだな…。
「あっ…!」
パトカー結構壊しちゃったけど弁償とかならないよね!?
わ、私のせいじゃないからね!!
樹里さんが普通に握手していればこんな事にはならなかったワケだし!
っ、そうよ!
もし請求きたら優作さんに払ってもらえばいいわ!
うん、それがいい!
「このココア美味しいですね…」
「それは良かった…」
「……3サイズは教えないからね?」
「…俺の目測だとバストは」
「皆まで言うな」
「…でぃ」
「あ、快斗くんは私をそんなに怒らせたいのね?じゃあ投げ技でもキメ」
「スミマセン…」
「…ふん!」
それって嫌味?
私の胸はそんなに無いわよ!
この変態バ快斗っ!
ってゆうか、なーにちゃっかり救急隊なんかに変装しちゃってんのよ…。
「…でもまさか、親子で同じ経験するなんてね」
「だよなー!さすがの俺も埠頭を見るまでは思いもしなかったぜ!」
「快斗」
「ん?」
「本当にありがとね…」
「え…」
「快斗のおかげで、今こうして生きてるんだって実感出来るから…」
「…今日は2度も感謝されたな」
「えっ?」
「あ、いや…。それよりなかなか派手なランディングだったぜ?」
「あははは…。あ、ねぇねぇ」
「ん?」
「今度さ、ピッキングのやり方教えて?」
「…オメーまさか泥棒」
「そんなワケないでしょ!万が一の時に備えておきたいの!犯人に監禁された時とかさ?」
「ああ、なるほどな…別にいーぜ!」
「わぁーい!あ、蘭と園子は大丈夫?」
「ああ、怪我もねーし気を失ってるだけみてーだな…」
「そっか、よかったぁ…。ってゆーか快斗、腕は大丈夫!?」
「へーきへーき!俺頑丈だし!」
「そっか、ならよかった!」
「…じゃ、俺そろそろ行くわ」
「うん…。パンドラ、早く見つかるといいね…」
「おう…ありがとな…」
「…うん…」
新一に似てるからなのかな。
私の頭を優しく撫でる快斗に、不覚にもドキドキした自分がいた。
「じゃあまた連絡する」
「うん、ばいばぁい」
今のって、なんか恋人同士の会話みたい…。
「なぁに浮気してんだよ…」
ああ、やっぱりいたんだ…。
途中から気配がしてたし、何となく思ってはいたけど。
「…浮気じゃないわよ」
新一ったら、やっぱ快斗が気にくわないんじゃん…。
「オメーなかなか派手なランディングだったぜ?」
…やっぱり似てる。
「…ありがとね、わざわざ電話してくれて」
「あれだけ震えてりゃあな…」
「でも、新一の声聞いたら結構落ち着いた…。ホントにありがとう…」
「…おう」
やっぱり新一はすごい。
声もそうだけど、私の頭を撫でる手も、快斗のものとは全然違う。
…私やっぱり、新一がいなきゃ生きていけない体質になっちゃったんだなぁ。
「また守ってもらっちゃったね、新一に…」
「…ホント昔からオメーは手がかかる女だよな」
そう言って私の唇に優しくキスをするコナンくん。
「…誰かに見られたらどうするつもり?」
「周りからすれば小1のガキがオネーサンに甘えてる様に見えて微笑ましいんじゃねーか?」
「あ、かもしれないね!」
「へへへ!」
コナンくんをお膝に乗せて、ドタバタだったフライトの余韻を目一杯楽しむ私。
こうして生きている事に、感謝しないと…ね。