のらり、ヒーロー登場
「…噂をすれば」
黒子っちの言葉に、バッと顔を上げた。
女子4人の後ろに、神山さん。あのグループと神山さんが一緒にいるところなんて見たことがない。というか、身なりからして仲よくしているようには思えなかった。話してる様子もないし。
幸い、こっちには気付いていないらしく、5人はそのまま体育館裏へと姿を消した。
「どうするんですか?」
「どうするって…」
今までの俺だったら、放って置いていた。所詮は女関係のいざこざ。俺が入ると更にややこしくなる可能性がある。
だから毎回、俺は見て見ぬふりをした。今までの彼女は俺に助けを求めてきたりもしたけど、流していた。
だけど、今は。
「助けに行くッスよ!」
「いいんですか?バレますよ」
それでもいい。俺の大切な人を傷つけているとしたら、許さない。
俺は今、覚悟を決めた。もしバレたとしても、俺は彼女を守り抜く。絶対に傷つけさせない。もし今、傷ついているのなら、これ以上傷つけさせたくない。俺があの子たちに一喝いれれば多少は違うだろう。
ボールを置いて立ち上がった。
黒子っちは、笑っていた。
「女の子って、桃井さん曰く怖いらしいですけど」
「そんなの知ったこっちゃいないッス」
そのまま、駆け出す。
あぁバッシュのままだ。土付いたからもう使い物にならない。だけどそんなこと気にしている暇などない。
早く、神山さんのところへ。
「いい加減にしてよね」
飛び出さずに、終わった。
俺はそのまま声の聞こえるくらい近くに寄って隠れた。ちょっと待とう。早とちりの可能性もあるッスよね。あれ、もしかしてこれってヘタレ出てる?
「…黄瀬くんとは、もう一緒に帰ってないよ?」
「そうじゃないわよ!」
苦笑を浮かべる神山さん。リーダーらしい厚化粧の女はイライラしたように言葉を吐き捨てる。
え、俺あんな子に好かれてんの?あー…前にしつこく付き纏われてたような…。うーわー…嫌だ。
「黄瀬くん、前みたいに女の子と喋らなくなったじゃない!」
「いやー…そんなこと言われても」
「本当は付き合ってるんじゃないの!?」
「っそんなわけないよ!そうこと言うのやめて!!」
――…え?
神山さんが、怒鳴った。
普段は物静かで、大人しい方で、優しく笑みを浮かべていて。今は、すごく怒ってる。
そんなに俺と付き合ってると言われたくなかったのか。…迷惑なんスね、俺の気持ち。
「勘違いしないで!……黄瀬くんに、失礼だから」
……あぁ、やっぱり俺は君のことが、
「ふっ、そうね。あんたみたいなヤツとなんか黄瀬くんは釣り合わないわよ。だけどね、こっちの気が収まんないの!!」
「っ、!!」
パシッ!!
俺は、振りあげた彼女の手を掴んだ。
俺の顔を見て驚いている厚化粧の女。うっわ、ブッサイク。
神山さんは痛みが来るのを構えて目を瞑って縮こまっている。
「それ以上やったら、ただじゃおかないッスよ」
俺でもビックリするくらい、低い声が出た。俺は相当、言葉じゃ言い表せないほど怒っているらしい。自分でも、驚くくらいに。
周りの女は青ざめて、1歩、2歩と下がる。
「き、黄瀬くん…あの…これは…」
「はっ、ここまでやって言い訳考えてんの?どーしようもねーわ、あんたら」
俺の名前を聞いた神山さんは、やっと顔を上げた。俺を見て、目を少し開いた。
ごめん。ごめんね、神山さん。
こんな怖い思いをしていたなんて知らなかった。俺は何もしらずのうのうと学校に来て普通に授業を受けてバスケして。
神山さんと話せなかったことぐらい、きみと比べたら全然辛いうちに入ってなかったッスね。
「悪いけど、神山さんは大切な人なんスよねぇ。傷つけられるの、本当困るんスわ」
「っでも、この子!」
「俺が誰と仲よくしようが付き合おうが、お前らにそれ止めて邪魔する権利、どこにあんだよ」
今の俺、青峰っちにそっくりな気がする。あの超悪い顔。
でも、しょうがないッスよね。神山さんのこと、傷つけたんだから。怖くて痛い思い、たくさんさせんたんだから。
――…それの原因は、俺なんだけど。
でもどこに怒りをぶつければいいのかわからなくて。
怯えている彼女に目を向ける。
長袖が少し捲れて、ちらりと見えた青紫色。それを見て、プツリと何かが切れた。
「った、!!」
「俺関係なら俺に言えよ」
どっか行け、と手を離せば、泣きながら女たちは去っていった。言いたいことは山ほどあったが、このままだったら彼女たちを殴ってしまいそうだった。
溜め息をついて、俺はハッと我に帰る。
し、しまった!神山さんがいるのにこんな、こんな…っ!!
バッと目を向ければ、案の定、目に大量の涙を浮かべていて。
「あああぁぁぁ!!ご、ごめんなさいッス!えと、こんな、」
「ふ、ふえええぇぇ…っ」
「……ごめんね、」
愛しい気持ちが溢れて、自然に体が動いていた。
ためらいがちに抱きしめれば、神山さんも俺の背中に腕を回した。
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