ぽとり、涙 | ナノ


  ころり、星色キャンディー




「やっべ、忘れ物…」




俺は走って、教室へ向かっていた。部活が終わったあとに宿題を教室に忘れたことに気付き、廊下を全力疾走中。
カタン、と物音が静かな廊下にやけに響く。それにビクビクしながら急いで向かった。真っ暗で怖いんスもん!早くノート持って帰ろう。
教室に近づいていくうちに、だんだん光が見えて来た。

――…え、光?

1つの教室の電気がついている。しかも俺のクラスだし。結構遅い時間なのにおかしいな。残ってるの俺らバスケ部くらいだと思ってたんスけど…。
控えめに、ガラガラと扉を開いた。




「あれ?神山さんじゃないッスか」
「あ、黄瀬くん」




その教室にいたのは、思いもよらぬ人で。最近気になり始めていた神山さんだった。
最初は疑わしく思ってたものの、今じゃすっかりその警戒心は溶けていた。彼女が本当に素で優しい子なのだということがわかったから。本当いい子なんスよねぇ。媚びないし。
彼女はふうわりと笑う。その笑顔に部活の疲れも吹っ飛ぶほどの癒しオーラがあった。




「こんな遅くまで部活?お疲れさま〜」
「ありがと!神山さんは何でここに?結構遅い時間じゃないッスか」
「私も部活今終わったの。宿題忘れちゃって、取りに来た」




あぁ、そういや彼女は吹奏楽部だったっけ。吹奏楽部も強いから、遅くまで練習頑張ってるらしいって聞いたような気がする。
神山さんもいつも帰りこのくらいなのかな。暗くて超危ないと思うんスけど。可愛いし、狙われたりしないかな。




「さて、帰ろうかなー」
「帰り1人なんスか?」
「うん、そうだよ。私の家の方向いないんだー」




え、えぇ!?友達とか待って…るわけないか。こんな夜遅いし、吹奏楽も大変な部活だ。みんな早く帰りたいに決まってる。
へらりと笑って、大丈夫大丈夫〜って言いながら彼女は歩き始める。

こんな暗い中、1人。
神山さんは女の子で、暗い中歩いてて、もし、襲われたりしたら――…!!




「神山さん!!!」
「は、はいっ!」




帰ろうとしたその背中に、俺は言葉をぶつけた。
驚いたように肩を跳ねあがらせて、こちらを見る。あ、思わず大きい声が。ビックリさせちゃった。ごめんなさい。




「俺と一緒に帰ろう!」
「え…でも黄瀬くん、家の方向は?」
「神山さんと同じッスよ!」




たぶん。神山さんの家の方向とか知らねーッスわ。家知らないし。
部活で疲れてて正直早く帰りたいというのが本音だけど…。でも、1人で返すのはやっぱり危ないし。ここは男として送り届けるべきッスよね!




「そっか、なら一緒に帰ろう?」




きっと同じ方向じゃないと言ってしまったら断るだろうから。黄瀬くんはすごい頑張ってるから早く帰って寝た方がいいよって言ってくれるに違いない。あ、これ本当に言いそうな気がする。

神山さんはニコリと笑ってその場に立ち止まった。
あ……で、でもこれって…2人で、登下校じゃん。女子と2人で登下校なんて何度もしたことある。彼女だって何人かで来たことあるし。
でも神山さんとだと考えるとやっぱりなんか、緊張、する。




「…黄瀬くん?ノート見つからない?」
「あ、あるッス!ごめんごめん、帰ろう!」




余計なこと考えるな、意識するな。
言い聞かせながら、俺はノートを取って神山さんの方へ駆け寄った。初めて近寄ったけど、こんなに小さかったんスね。なんかすっげー可愛いんだけど。




 * * *




藍色の空にポツポツと星が輝いている。キレイな空だ。
そんな中、俺らはゆっくりとした歩調で歩いて帰った。神山さんは歩幅が狭くて、そんなところでも女の子だなとかいちいち感じた。
話が途絶えることはなかった。気を使ってくれたんだろうけど、すごい話しやすかった。受け答えも上手とか、最高じゃん。




「ありがとう黄瀬くん。家まで送ってもらっちゃって」




任務完了!申し訳なさそうに眉を下げる彼女に笑顔で大丈夫だと伝える。
俺の家から結構近いところにあるっていうのも知れたし。一緒に帰れたの、楽しかったし。




「これ、お礼」




手のひらにのせられた、小さなアメ玉。
いつもとは違う味で、首を傾げる。




「レモン味。私の1番のお気に入りなんだ!」
「いいんスか?」
「うん。特別だよ?」




特別……。
ニヤけそうになる頬を、俺は抑えた。神山さんは変わらず、にこにこと可愛い笑みを浮かべている。

やっべ、俺……本気で神山さんのこと、






「いつもこんなに遅いんスか?」
「うん。でもしょうがないよね。自分のやりたいことだし!」


「じゃあさ、これから俺と一緒に帰ろ」






ダメ元で、言ってみた。

彼女は少し驚いた顔をしたけど、柔らかい笑みを作ってコクリと頷いた。
頬が少し赤く染まったのは、気のせいだろうか。







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