ぽとり、涙 | ナノ


  さらり、まるで水


中学3年に上がった時のことだった。

なにか本気になれることはないかと思いバスケ部に入って、見た目の容姿がいいってこともあってモデルも始めてみた。もともとモテているという自覚はあったが、さらに言い寄られることが増えた。
正直、女の子は苦手だ。あんま近寄って来てほしくないとも思う。結局、俺の容姿しか見てなくてまともに話したことのないような連中が俺のことを好きだと。馬鹿にしているようにしか思えない。それはまぁ、職業上、仕方のないことだと割り切ってはいるんでヘラヘラ笑って流してるけど。

こんなんで本気の恋が出来るのかと、ぼんやり考えていた俺に、転機が訪れた。




「えーと…32…」




学期に一度の席替え。前回の周りの女子がうるさかったから正直嬉しかった。まぁ、またうるさい子が近くにいたら意味ないんスけど。
どうやら席は当たりらしい。一番後ろの、窓側の席。
隣の女の子は――




「きゃー!黄瀬くん隣っ!?」

――…また、同じッスか。




運命だね!なんて言ってる女子に愛想笑いを浮かべる。うーわー本当、勘弁してください。
溜め息を吐きたくなるのをグッと堪えて、笑う。俺に平穏は訪れないのか。泣きたい。




「黄瀬ちーん、席変わって〜」
「え、どうしたんスか?」
「いや、俺前だと見れなくなーい?」




俺の前の席は、紫原っちだった。確かに俺もそれなりに身長はあるけど、紫原っちが前じゃ黒板が見えないッスね。全く。
神様が俺の味方に着いてくれたんだと本気で思った。いや、この際は紫原っちに大感謝だ。マジ感謝!救世主!
えー!?と高い声で文句を言っている女子に俺は謝って、席を交換した。

席に座って、周りを見る。どうやらうるさそうなのはあの女子だけだったらしい。他の奴らはみんな落ち着いていそうだった。
あーよかった。モデルにバスケに大変な毎日。授業中くらい寝ないと体もたねぇッスわ。




「あ、隣変わったんで。よろしくッス!」




とりあえず、隣の女子に挨拶をしてみた。
ぼーっと頬杖をついて窓の外を眺めていた彼女は、視線をこちらに向ける。顔を上げたとき、色素の薄いミディアムの髪が、揺れた。






「うん、よろしくねー」






可愛い、笑顔だった。声も柔らかくて、透明で。こういう女子の声、久々に聞いたなって思った。
それだけ言うと、また窓の外を眺め始める。え、そんだけ!?嘘だろっ俺が隣なのに!地味系な子たちでも顔赤らめるくらいはするッスよ!!




「あ、えみちんだー黄瀬ちんと交換しなきゃよかった」
「あ、敦くん!席近いね、嬉しい」
「俺も嬉しいし。ねぇ、お菓子持ってなーいー?」




あ、仲いいんだ。彼女に話しかける彼の表情はすごく柔らかいものだったように思う。普段からゆるゆるだけど、もっとゆるゆるだ。笑ってる。そういえば、紫原っちが女子を名前で呼ぶの初めて聞いた気がするッスね。
彼女はポシェットからいちご味のアメを取り出して、笑顔で手渡していた。嬉しそうに受け取って、さっそく口に含んでいた。さっきのうるさい女子にも、あげていた。




「黄瀬くんもいる?」
「あ、も、もらうッス!」
「はい、どーぞ」




ブドウ味。あんまり好きじゃないが、何だか妙に嬉しかった。彼女はまたそれを鞄に戻して、外を眺め始めた。

さっきから何を見てるんだろうと不思議に思って、体を傾けて彼女の視線の先を見る。
その先には、枝にとまった2匹の鳥たちがいた。可愛らしい鳴き声を出しながら、遊んでいるように思える。それを彼女は、微笑みながら見ていた。何だこの子。超癒されるんスけど。




「紫原っち、紫原っち」
「何ー?」
「えーと……神山さん?と仲いいんスか?」
「んーまぁねー」




アメが舐め終わったのか、ロリポップを口に含んでいた。え、超早くね?そのロリポップもさんからもらった物らしく、「いいでしょーえみちんがくれたんだー」と嬉しそうに言った。紫原っち、神山さんのこと相当気に入ってるんスね。




「本当、いい子なんだよー。媚びないしー素で優しいしー」




子供がそのまま大きくなったようなこの人が、そういうのなら本当にそうなのだろう。純粋な彼がそう言う彼女も、そうとう純粋な子なんだろうな。



さらさらと風に揺れる髪は、太陽の光が当たってきらきらと輝いていた。

その子は、まるで水のように柔らかく純粋で透明で。


これからこの子が俺の最愛の人になるなんて、この時の俺は全く予想だにしていなかった。








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