ぽとり、涙 | ナノ


  ぷかり、空さえも浮かんだ




えみと別れてから、数週間。
別れたと言っていいのは微妙だけど、改めて別れ話をする気も起きないから俺の中では別れたということにしている。あれから一切、連絡を取っていない。




「うーん…なーんか最近いまいちだよねぇ」
「…すんません」
「まぁ、誰しも不調の時はあるからあまり気にしなくていいよ。でもちょっと最近上の空だね」




俺は今までにない、絶不調気に突入していた。仕事も今日は上がることになり、早めに帰路につくことが出来た。はぁ…何かものすっごい疲れた。大きく息を吐きながら、俺はとぼとぼと歩く。
携帯が、揺れる。
慌てて取り出したその画面に映し出されていた名前は、俺の期待していた人じゃなかった。




『あ、もしもし涼太?』
「…どーしたんスか?」




明るく元気なモデルさんの声。その声を聞くほど、今は元気じゃない。特に大きな用事があるわけでもなさそうだ。
ただ世間話をするためにかけられたその電話。正直疲れが溜まっている俺にとっては辛いものだった。




"えみ〜やぁっと仕事終わったんスよ〜!もう俺くたくたで…"
"そっか、大変だぁ。涼太くん頑張ったんだね、おつかれさま"




えみの声が聞きたいなぁ。
いつだってそうだったじゃないか。辛い時も苦しい時も悩んでる時も、俺の傍にはえみがいて。黙って俺の話を聞いてくれて、時には抱きしめてくれたりもして。笑って、俺を受け止めてくれていたんだ。いつもだったら、今のこの状況も俺はえみの家へ向かっていたはずだった。




「――…って、」




俺の足、えみの家の方向に向かってんじゃん。無意識だった。俺はそれに寂しさを覚えながら、体を方向転換させた。未だに耳元ではうるさい女の声がする。




「…あのさー、俺疲れてんスよね」
『あっ…ごめんね』
「しかも彼女いるつったじゃん?いい加減しつこいんじゃないッスか?」




言い訳をする彼女の声が聞こえて、だけど無視をしてその電話を切った。何でこんなに虚しいんだ。
家に帰って1人になるのも寂しいので、俺は海常高校に向かっていた。




 * * *




「あれ?黄瀬じゃん」
「おま…仕事帰りなのはわかるけど学校に来る時は制服着て来い!!」


そこにいたのは笠松センパイと森山センパイのみだった。もう練習終わっちゃったのか…まぁしょうがないッスね。この時間だし。
俺はジャケットを脱いでバスケットボールを手にする。ダムダムと床にボールを叩きつけた。シュートを放ったけど、それはリングの淵にあたり、弾き返される。




「どうかしたのか?今日は練習休むっつってただろ?」
「いや、何か。無性にバスケしたくて」




何にも考えなくてすむから。
ヘラリと笑えば、俺が傷心気味なのがわかったのか笠松センパイは何も言って来なかった。

携帯をポッケから取り出そうとしたその時。
手に引っ掛かった、丸いモノ。




「――…」




それは、いつもえみがくれていたレモンのあめ。これをもらったのも、いつが最後だっただろう。
えみのおかげで、俺はアメをよく舐めるようになったけど。大好きなこのレモン味のアメは、いつもからもらうから買わなくて。






"レモン味って涼太くんの味だよね"
"えー?それどういう意味?"
"だってほら、涼太くんと同じ黄色だよ。だからきっと私大好きなんだね"
"…っそれじゃ、俺は自分が好きってことになっちゃうじゃんか"
"あはは、そうだねー"



「――…えみ、」






あぁ、会いたい。会いたいッスよ、えみ。
何で俺、あんな心にないこと言ってしまったんだろう。火神に嫉妬したのは本当だけど。本当は、あんなひどいこと思ったことなんて一度も。

ボールを抱え、体育館の出入り口に腰を下ろしアメを口に入れた。
やっぱりそれは少し酸っぱくて、だけどほんのり甘くて。




「――…っぅ、」




懐かしい味がした。えみとの思い出が頭の中でたくさんフラッシュバックされて。
どの場面でも、彼女は笑っていて。俺も、笑ってて。




「ごめん、ごめん、えみ…っ」




自分の言ったことに後悔しかない。









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