ぽたり、愛、熟しすぎて
「黄瀬くん、最近落ち着いたねー」
「そおッスかね」
落ちついた、というか。
スタイリストさんが言ったのはきっと、恋愛に関してのことなんだろう。この人にはよくお世話になってて、中学の頃からずっと俺の専属。ついでにの相談事も惚気も聞いてもらっていた。俺は容姿を整えてもらいながら、口を開く。
「まぁ高校離れたからッスかね」
「そうなの〜冷めた?」
「さぁ……」
俺の言葉を聞いて、驚いたのか一瞬手を止めた。
でもそれはすぐに再開された。
「へぇ、そうなの。あんなに惚気てたのに」
「若かったんスよ」
「今も十分若いでしょうが。何、ケンカ?」
ケンカ、ではない。でもケンカなのかもしれない。
最近はお互い忙しくて、1ヶ月半ほど会えていない。毎日すると約束した電話も、1週間に1度あればいい方だ。偶然鉢合わせたあの日から一度も顔を合わせていない。その日さえも、俺はそのまま彼女に話しかけることなく、あの場所をあとにした。
イライラが止まらなかった。
あのまま顔を合わせていたら、俺は。平然と3人に混じって楽しい時間を過ごすことが出来ただろうか。
その時、携帯の着信音が鳴る。メールだ。
「噂をすればってやつだー」
「うわ!人の携帯勝手に見ないでくださいよー!!」
「今日8時半にはあがれるよ」
会えば?と聞かれ、俺は少し悩んだ。
確かに時間はある。あるけど…最近仕事も部活も忙しくて、休んでないんだ。自分の時間がほしいとも思う。しかも今えみに会いたい気分じゃねぇし…。
頭を抱えたくなったけど、スタイリストさんから監視されてるような気がして。まぁ会ってみれば何か変わるかもしれないから、えみに返事を返した。
* * *
「お疲れさまー!遅くなっちゃってごめんねー」
「いーや!いいんスよ!」
仕事は時間が延びて、9時半に終わった。
駅で待ってろって言ったけど…これじゃ、帰ってるかも知んないッスね。一応行ってみるけど、期待はしてない。
「涼太どっちから帰るのー?」
「ん?こっちっすよ」
「あ、一緒だ!帰ろー」
最近一緒に仕事するモデルさんが同じ方向だということで、一緒に帰った。結構会話も盛り上がったし何より楽しくて、このまま一緒にいたいなーなんてちょっぴり思ったりもした。
前の俺だったら、えみに会えるのにこんなこと思わなかった。むしろ、えみがいるんだから女と話すことなんてなかったはずなのに。
だんだん変わっていく俺の気持ちに、少しずつ気付いていた。
「まさか降りる駅も一緒だとは思わなかったねー!!」
「本当びっくりッスわ!地元一緒だったんスね!」
降りる駅も一緒で、地元が近いと言うことが判明した。中学校の名前を聞いたらわかって更に2人で興奮した。
明るくて可愛い、女の子。いいな、と思ったのは嘘ではない。
「…ねぇ、涼太」
「ん?」
「あたしね…ずっと前から涼太のこといいなって思ってて、」
――…うわ、この雰囲気。
目の前にいる人は、頬をほのかに染めて俺を見つめている。いつもだったら、話を反らしているのに。告白される前に話を終わらせるのに。
なんで、なんで何も言えないんだ。
「……ごめん、約束あるから、」
「私じゃ、ダメなの…?」
後ろから、抱きしめられた。ふりほどけない。
何でだろう。えみへの気持ち、冷めて来てんのかなぁ。
"大我くん"
えみには、火神も黒子っちもいるけど。俺には女友達は1人もいなくて。えみのために全部縁切って。
そりゃ、本当だったらも俺以外の男となんか縁切ってほしいけど。そうはいかないから、仕方なく。
でも、いくら何でも仲よくなりすぎで。
むしゃくしゃする。ムカつく。
その時、視界に入ったキャラメル色のミディアムボブ。
「――…ごめん、付き合えないし彼女いる」
「…そっか……」
あれは確かに、えみだった。
連絡はまだしていない。ずっとここで待っていてくれたのだろうか。
でもそれなら何で、出てきてくんなかったの?自分の彼氏だって、主張してくれないわけ?
中学の時からずっとそうだった。俺のことを彼氏だと、自分から友達に言ってくれることはなかった。
…何か、すっごい、イライラする。
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