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−10年前−−−−−−−−−−




「さあ、入って。」

「失礼致します。」


激しく鳴る心音を落ち着かせようとするが、こればかりはどうにもならないようだ。


私は今、タソガレドキ忍軍の狼隊小頭の部屋へと来ている。


今日から私はここで働いてゆくのだ。
目の前にいるこの人に声をかけてもらい、そして6年間お世話になった学舎の恩師に背中を押してもらい、私のくノ一人生は、今ここから始まる。


「そこに座って。」

「っはい、失礼致します。」


この部屋に入り、私はまだ同じ言葉しか口にしていない。

小頭は私と向かい合う様に腰掛けた。

この小頭はまだ年若く、二十代半ばと言ったところだろう。この若さでこの地位と言うことは実力は私の想像など遥かに超えるのだろう。


小頭は一息つくと、その双眼を私のそれと、ぐっと合わせ一言。


「タソガレドキ忍軍へようこそ。」


たった一言だった。

でもその一言で、私はここでくノ一として過ごして行くのだと、初めて実感したような気がした。


「宜しくお願い致します。」


本当はもっと畏まって、城主様にお仕えするべく云々などと正しい挨拶があったのだろうが今の私は緊張で全く頭が回らず、ただその言葉しか発することが出来なかった。

ああ、わざわざこの小頭がお声掛け下さって私はここにいるのに。

どうにも頭が回らない上、私の喉は必要以上の言葉を紡ぐことを忘れてしまったようだ。いや、入隊の挨拶は必要だけども。どうにもならなかった。



そんなことを考え段々と顔色の悪くなってきた私を見て、小頭はくすりとその端整な顔を綻ばせた。


「そんなに緊張しなくていいよ。繊ちゃん。」

「……!」


今、この小頭は何と言ったか。
確かに呼ばれた。
繊ちゃん、と。
まだ会って何度目かの私に向かって。

私があまりに驚いて顔を上げると、小頭はあれ、とこぼした。


「あれ、繊ちゃんだよね?間違えてる?」

「い、いえ!間違えありません、日向繊です!」

「だよね、良かった。」


そう言って小頭は頷くと、私に向かい手を差し出した。


「タソガレドキ忍軍狼隊小頭の雑渡昆奈門だ。今日から君の上司になる。宜しく。」


この手は握っても良いのだろうか。
ただの平隊員のくノ一がいきなり小頭の手を握ることは無礼にはならないだろうか。

というかそもそも小頭の挨拶や顔合わせで握手などするものなのか?聞いたことがない。普通は膝まづいたりなんだりして契のようなものを結ぶのではないのか。


そんなことを思ったのだけれど、小頭から手を差し出して下さっているのだ。握って悪いことはないだろう。それに、ここではそういう決まりなのかもしれない。

郷に入っては郷に従え。


そう思い、小頭の手を両手でしっかり包んだ。

そして頭を下げる。



「本日より、宜しくお願い致します。」



小頭は満足そうに微笑んでくださった。


ここからだ、
(私のくノ一人生の始まり)

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