20


私の腕を掴む大きな手。

その手は、紛れもなく組頭のものだった。



「繊ちゃん、」

「あ、の…本当にすみませんでした。もうあんなことは申し上げませんので…部屋に、戻ります」


なんだか気まずくて、さり気なく腕を引いた。私はてっきりこれで離してくれると思っていたが、組頭はさらに掴む力を強める。

しっかりと私の腕を掴むと、くい、と引いた。


「あー…、とりあえず、座りなさい。ほら。」

「…はい」


私は組頭に促されるまま、元の位置へと座り直す。


再度お互いが向き合って座るも、沈黙が続く。ちらりと組頭を盗み見てみると彼は何処か困ったように頭を抱えていた。


「…あの…く、組頭?」


私が声をかけると渋々といった感じで顔を上げた。


「…いやあね、…うん。…あれだよ」



ほら。だの、あのさ…だのを数回繰り返すと、組頭は一つ深呼吸をし、顔をぐっと私に近づけてきた。

真っ直ぐに見つめられるその視線に、心臓がどくん、と大きな音を立てる。


「あのね、本当に…私、怒ってはいないんだよ。」

「は、はい…」


「ただ、気に入らないことがある。」

「え…?」


気に入らないこと、とは何だろうか。

心臓が先程とは少し違う意味で大きく鳴った。


何を、してしまった?


頭の中はただそれだけがぐるぐると回っていたけれど、言葉を発せられる雰囲気ではなく、黙って組頭の言葉を待つ。


組頭は一つ深いため息を吐くと、頭巾に隠れて見えない眉間にシワを寄せた。


「いやね?嬉しくもあるんだ、嬉しくもあるんだけどさ。」

「は、はい…」


「何か繊ちゃん、楽しそうなんだよね。」


「……はい?」



…私が、楽しそう?
予想外の組頭の言葉に、思わず気の抜けた声が出てしまった。相変わらず呆けている私に組頭はというと、少し拗ねたような口調で、俯きながら言葉を続けた。


「やっと学園から帰ってきたと思ったらやけに嬉しそうというか楽しそうな顔してるからさあ…いやね?繊ちゃんのそんな可愛い表情を見れるのは私としても嬉しいんだけど、やっぱり気に障るじゃないか。自分の可愛い可愛い部下が自分のよく知らない人と会って帰って来たら凄く楽しそうだなんて。」


組頭はそこまで一息で言うと私の表情を伺うように顔を上げた。

私はというと、ぽかんとしたままただ組頭を見つめているだけ。

そんな私と目が合うと組頭は少し焦ったようで。


「いや、まあ…ね、ほら。君とは10年の付き合いになるわけだから…」

少し視線を泳がせた組頭。


こんな組頭は珍しい。
いつも余裕があって、大人で。

いつも私を子ども扱いしたりからかったりするのに…。


いや、そんなことよりもまずは先程言われた言葉を整理する方が先よね。

と、とりあえずまとめると…

「…組頭」
「な、なんだい」


「もしかして……やきもち…ですか…?」
「…!」


ふと浮かんだ思いを口にしたあと、直ぐに上司に何て失礼ことを言ってしまったんだと気付いた。

そ、そんなはずないじゃないか!思い上がりもいいところだ。


「な、なーんて…!すみません!冗談で「そうだって言ったら?」

「え…?」



「君の大事な恩師に嫉妬した、と言ったら?」



組頭は先程とは打って変わって真剣な顔つきをしていた。

嫉妬?組頭が…?

今度こそ思考が止まってしまって、ただ組頭の言葉を頭で繰り返している私。



そんな私を見て、組頭はハッとした。


そして静かに立ち上がった。


「ごめん、忘れて。…私、殿に呼ばれているから失礼するよ。繊ちゃんも、もういいから部屋に戻りなさい。」


そう言って組頭は廊下へと続く障子に手をかけた。

そしてそれを開けてどこかへ行こうとする組頭。


待って。


「まっ、待ってください!!」



今度は思わず私が掴んだ
(あなたの逞しいその腕)



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