18
お重がなくなっただけで行きよりも随分と身軽になった尊奈門君の隣を歩く。
もう日が沈み始め、辺りは夕焼け色に染まっていた。
その景色がやけに綺麗で見とれていると、ふいに尊奈門君が私の手を握った。
「尊奈門君…?」
「あっ、すみません…!」
名前を呼ぶと申し訳無さそうに眉を下げた尊奈門君。離されそうになったその手を、今度は私が握る。
そして笑ってどうしたのかと聞くと、尊奈門君は言葉を濁した。
「ふふ、なあに?」
暫くすると、尊奈門君は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら答えてくれた。
「あ、その…今日、厚着先生といろいろお話しさせていただいたのですが…」
「うん」
「先生って、凄く素敵な人ですね。」
「ふふっ、そうでしょう?」
「繊さんの初恋の人っていうのも、頷けます。」
そう言って尊奈門君は微笑んだ。
私もそれにつられて、思わず笑顔になる。
しかし二人で笑い合っていたら、ふと尊奈門君が緊張した面持ちになった。
そして繋がれた手が更に強くなったので私も少し表情を引き締めて尊奈門君を見つめる。
尊奈門君はというと、一瞬覚悟を決めたような顔をしたあと話し出した。
「あの、繊さん…」
「うん、なあに?」
「あの…タソガレドキに就職したこと、後悔していますか…?」
「え…?」
言っている意味がよく分からなくて、思わず私は呆然とし、その場で歩みを止めてしまった。
尊奈門君も私の私に向き直り歩みを止めたが、その表情はどこか焦っていた。
そして急いで弁解を始める。
「あ!えっと…!な、なんていうか…厚着先生が、繊さんにタソガレドキを勧めたことを後悔しかけたことがあると仰っていたので……」
「…先生が?」
「は、はい…もしかして自分の意見を押し付けてしまったんじゃないか、って…」
「そんな…」
「あ、で、でも!今日会って、そんなこと無さそうで安心したって言ってましたよ!」
「そう…」
先生がそんなふうに思っていただなんて。
なんだかさっき別れたばかりなのに、今すぐ先生に会いたくなってしまった。
でもそれ以上に、今隣に立つ後輩に伝えなくてはならないことがある。
私は尊奈門君の手をぎゅっと握った。
「繊さん…?」
「あのね、尊奈門君。」
「はい」
「私、タソガレドキに就職してから後悔したことなんか一度もないわ」
本当に。
後悔なんかしたことない。
少しいい加減だけど部下一人ひとりを大事にしてくださる組頭。
若い忍にとってお父さんみたいな存在の山本さん。
真面目でひたむきな、一つ年下だけど頼りになる同期の陣左。
いつも身の回りのお世話をして、お喋りの相手をしてくれる女中さんたち。
妹のようだと可愛がってくれる、鉄砲隊の皆さん。
それから、しっかりしているけど、可愛い後輩の尊奈門君。
他にもたくさんの人に私はいつも支えられている。
皆優しくて、暖かくて、本当に家族みたいな人たち。
任務で疲れて帰って来ても「おかえり」と笑顔で迎えてくれるそのとき、毎回私はこの城に就職して良かったとつくづく思うのだ。
私はタソガレドキを愛してる。
そう告げると、尊奈門君は泣きそうな笑顔を見せてくれた。
「私、繊さんがタソガレドキにいてくれて嬉しいです。」
「私も、尊奈門君みたいな良い後輩を持てて嬉しい。」
そしてまた二人、歩き出す。
私は今、脳裏に浮かぶあの人に無性に会いたい。
それは厚着先生じゃない。
顔の半分を包帯で覆っている、あの人。
「…ね、尊奈門君。走って帰りましょう。」
「え?」
「よーい、どん」
「うわっ、ちょ、繊さん!?」
私は尊奈門君の手を引いたまま、着物の裾を気にしながらも走り出した。
走って帰ります
(だから、“おかえり”をください)
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