19


尊奈門君と半ば走るようにして帰ってくると、直ぐに目指したのはあの人の部屋。


さっきまでうきうきとしていたのに、部屋に近づくに連れ段々と緊張してきた。

部屋の前に着く頃には鼓動がいつもより早くなっている。なんとかして落ち着かせなければ…

障子の前に二人並んで座り、私が障子の縁を軽く叩いた。


すると直ぐに中から声がする。


「はーい」

「失礼します、日向です」
「諸泉です!」

「どうぞー」


その声を聞いて私は襖を開けた。
中に座る人に一礼をして、部屋へと入る。

私のあとに尊奈門君が続き、二人で腰を下ろしたとき、やっとこの言葉を口にした。



「「只今戻りました」」



その言葉を受け取った私達の上司…雑渡昆奈門さんは手に持っていた書類を畳の上に置くと、いつものあの飄々とした感じで言った。


「はい、おかえり。」


何故か今日はその言葉がやけに嬉しくて、頬が緩みそうになるのを必死に堪えた。

厚着先生に職場のことを語ったあとだからか、尊奈門君からあんな話を聞いたあとだからか、どうしてかは分からないけれど…今まで以上にこの職場を誇らしく、大好きなのだ。



組頭はというと、私達二人を見て、少し驚いたような表情をした。


「なあに、二人とも。そんな楽しそうな顔して…尊奈門が土井半助に勝てたとか?」


その言葉に反応したのは言わずもがな尊奈門君で。

グイッと組頭に寄ると悔しそうな顔をして訴え始めた。



「っ、それが聞いて下さい組頭!あいつったらまた忍具も使わないで…!」

「だからそれはお前が忍具を使って戦う程でもないと思われてるんだって。」

「うっ…で、でもあんなの卑怯です!!男なら男らしく正々堂々と戦うべきですよ!」


熱くなり始めた尊奈門君の顔の前に組頭は手のひらを出して制止すると、呆れたように言い放った。


「はいはい、もういいからお前は鍛錬でもしてきなさいよ。」

尊奈門君はまだ納得の行かないような顔をしていたけど、スッと立ち上がり、部屋を後にした。


「〜っ!…鍛錬、行ってきます」

「いってらっしゃい」




尊奈門君が組頭の部屋を出ると、少しの沈黙が続いた。しかしその沈黙も私の溜め息によって破られる。


「はあ。…少しは優しくしてあげて下さい。尊奈門君が可哀想ですよ。」

「いやいや、甘やかしちゃいけないよ。なーんか繊ちゃんは尊奈門に甘いよね。」

「そんなことありませんよ。私だって厳しくするときは厳しくしています。」

「どうだかねえ…。」



そこまで会話をして、ふと感じたことを組頭に尋ねてみる。


「あの…組頭」

「なんだい。」


「何か、怒ってらっしゃいますか?」

「……別に」


そう言って目線を畳にしか向けない組頭。
これは絶対に怒ってる。
組頭が纏っている空気がピリピリとしているというか、何処か棘のある雰囲気はその為だろう。

ただ何に怒っているのかが、皆目検討がつかないのだ。


「組頭、申し訳ありませんが…何に怒ってらしゃるのですか…?」


きちんと出発前に挨拶もしたし、帰ってきてからだって一番にここに来たのだ。何がいけなかったのだろう。

もしかして、出発するときにお渡ししたぼた餅が美味しくなかったのかしら…。


「だから、私は怒ってないって。」

「怒ってらっしゃるじゃありませんか。」

「怒ってないよ」

「怒ってます」

「怒ってな「でしたら私の目を見てください」



組頭の言葉を遮って、私は膝をつきながらも組頭に一歩近づいた。

組頭は右手で顔半分を覆う様にして、尚も下を向いている。


「組頭…」


黙り続ける組頭に、何故か私は泣きそうになっていた。



急いで帰って来たのに。

私はただ、いつもみたいに優しく“おかえり”って言って頂きたかっただけなのに。


そんなことを思っている自分が、嫌で仕様がなかった。


組頭はお忙しいのにお仕事の邪魔をして、怒っているだなんて言って困らせて、挙句の果てには泣きそうになっているだなんて…本当に馬鹿みたい。


組頭が優しくしてくださるからって、少し特別だなんて思っていたのかも。出発前に簪を綺麗だなんて言われて、調子に乗ってた。

自分勝手にも程があるわ。


こんなに涙腺が弱まってしまったのは、きっと久しぶりに厚着先生にお会いしたからだ。きっとそう。


ぐっと涙をこらえ、立ち上がった。


「すみません、出過ぎた真似を致しました。」


微かに震えた私の声に反応して、組頭が顔を上げたのが分かった。

私の目に溜まった涙を見て驚いているのも分かった。


でも目は合わせない。合わせられない。合わせたら…きっと零れてしまう。


「繊ちゃん?」

「本当に、申し訳ありませんでした。失礼致します。」


深く一礼をし、尊奈門君が開けっ放しにした障子に向かった。


はずだったのに。



私の腕を掴んだ、大きな手のひら。



やめてください
(その手に私は甘えてしまうんです)


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