17



笑顔で元気よく食堂から出ていった尊奈門君。

そしてこれまた笑顔…というか微笑んでいる厚着先生。


いつの間にこの二人はこんなに仲良くなったのだ。


「先生、尊奈門君と何をお話しされてらしたんですか?」


私の質問に先生は優しく笑って私の頭に手を置いた。


「何、ただの世間話みたいなもんだ」

「絶対嘘でしょう。気になります…」

「ふっ、ならば男同士の秘密。とでも言っておこうか」

「あっ、それ狡いです」


もう…と膨れる私を先生はまた一撫でして席についた。

その先生の前に置いてある湯飲みを見ると中身はすっかり冷めてしまっているようで、湯気もたっていなかった。


それを見て新しくお茶を淹れてもらおうと考えたとき、横から淹れたてのお茶が出現した。

驚いてそちらを見ると笑顔の食堂のおばちゃんが立っていた。


「冷めてしまったものは下げますね」

「ああ、わざわざすみません」

「いいえ。ほら、繊ちゃんもどうぞ」

「わっ、ありがとうございます」


おばちゃんは笑顔で私の分のお茶を置くと、その場にあった冷めたお茶の入った湯飲みを持ってお勝手へと戻っていった。

お勝手の中からは湯飲みを洗っているのか、そんな音が聞こえる。

音や景色全てが懐かしくて、ここでの思い出が次々と甦ってくるようだった。

ついぼーっとしていたら、目の前に座っていた先生が不思議そうに見つめてきた。


「日向、どうした。急にぼーっとして」

「あ、いや。やっぱり懐かしくて…」


私の言葉に先生は口許を緩ませた。


「そりゃあ、十年も経てばな」

「はい…変わっているものもたくさんありました」


先程行ったきたくのたま長屋も随分と広くなっていたし、知らない部屋や道がたくさんあった。

それにそもそも生徒の数が増えているのだろう。

でもやはり十代の半分以上を過ごしたこの学舎は落ち着けるものだった。


「他の先生方に会ってきたんだろう?どうだった」

「あー…と、それが…」

「ん?なんだ」

「シナ先生には泣かれちゃって…山田先生には少し怒られました」

「ははっ、そうかそうか」


そう、厚着先生と尊奈門君が話している間私は山本シナ先生や山田先生など在学中にお世話になった先生方に会いに行っていた。

シナ先生は涙を見せながら私の無事を喜んでくださった。いくら私が厚着先生を尊敬してるとはいえ、シナ先生だって六年間お世話になったのだ。私も久しぶりのシナ先生に涙が込み上げてきた。

シナ先生と暫くお話しした後私は今度山田伝蔵先生にお会いしに行った。

山田先生はシナ先生と打って変わって少しお説教されてしまった。

他の卒業生たちが度々近況報告に来るのに対して私が十年間も何の連絡も寄越さなかったことに怒ってらした。

いきなりのお説教で始めこそ驚いていたが山田先生の「タソガレドキなんて危ない城に就職したのだからより一層皆心配してたんだぞ」という言葉で先生方が心配してくださっていたのだと分かって、そこからは随分とにやついてしまった。それをまた怒られたのだけれども。

結局そのお説教は土井先生が部屋に入ってきたことで終了となった。その後は土井先生も交えて暫くお話ししてから、いろんな方へ会いに行った。

学園長先生、吉野先生、新野先生、野村先生、事務のおばちゃんなどなど。

大木先生がご退職されていたのには驚いたな。



なんて、厚着先生にいろいろと語っていると、お勝手からおばちゃんがお茶を持って出てきた。


「厚着先生、繊ちゃん、私もご一緒していいかしら?」

「ええ。どうぞどうぞ」

「もちろんです!ここどうぞ!」


私は隣の椅子を叩いておばちゃんを呼んだ。おばちゃんは笑顔でそこに座った。


「ありがとう繊ちゃん。それにしても本当に別嬪さんになったわねえ」

「そ、そんなっ!私なんか全然です…」

「いやいや、前から可愛らしかったけど本当に綺麗になったわよ…今なら厚着先生も落とせるんじゃなあい?どうです先生」

「何をおっしゃいますか。こんな小娘じゃまだまだですよ」

「せ、先生酷いですっ!」

「ははっ」
「うふふふ」

「もう、おばちゃんまで…」



そうしておばちゃんも交えて近況や思出話に花を咲かせた。




暫くしてからそろそろ日が落ち始める頃だろうとおばちゃんが夕飯の準備にとりかかったとき、調度食堂に疲れはてた後輩が入ってきた。


「尊奈門君、お疲れ様」

「あ…繊さん…お待たせしました」

「ふふっ、いい経験できたかしら?」

「……………、」


私の質問に尊奈門君は顔をしかめた。この表情ではきっとまた土井先生に忍具以外で負かされてしまったんだろうな。

笑ってしまいそうになるのを堪えつつ、尊奈門君に近づいて肩を叩いた。


「お疲れ様。そろそろお暇しましょうか。」

「…はい」

「じゃあ先生、私たちはそろそろ。お邪魔しました。」

「ああ、門まで送ろう」


先生のそのお言葉に甘えることにして、私たちはおばちゃんに挨拶すると食堂を後にした。







「それじゃあ先生、失礼します」


出門表に名前を書いて先生にそう告げると、先生は私の頭に手を置いた。


「ああ、また近いうちに顔を見せに来なさい」

「はい」

「じゃあ二人とも気を付けてな」


「はい!」
「はい。失礼します」


深くお辞儀をしたあと最後にもう一度先生と目をあわせて微笑みあい、私と尊奈門君は帰路へついた。




さよならだけど
(これからは直ぐ会いに行けるわ)




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