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※尊奈門視点
「先生にとって、繊さんはどんな存在なんですか?」
気付けばそんな言葉を口にしていた。
は、と我に返り失礼だったかと撤回しようとしたが、先生が随分と優しい顔で答えてくれようとしていたので止めておいた。
「どんな存在、だろうなあ…」
先生が発したその言葉にはどこか懐かしむような、愛しむような、そんなものが孕んでいたようにこのとき私は感じた。
「学生時代のあいつはとても優秀だったよ。座学・実技共に申し分ない成績なうえ、先輩にはよく頼られ後輩にもよく慕われていた。」
やっぱり昔から繊さんは優しくて凄い人だったんだと思ったが先生はこう続けた。
「ただ、凄く無理をするやつだった。」
「え?」
「どんなに辛いことがあっても、それを表に出さないように必死だったよ。」
いつも一人で抱え込んで、周りには笑顔を振り撒いていたんだ。
その言葉に、私は何か重いものを感じた。彼女は今でもそうなのだろうか。
自分が気付かないだけで、彼女は今も辛いことを隠して笑顔で接してくれているのかもしれない。
「先生は、繊さんが無理していることに気づいてらしたんですか…?」
「まあ…あいつとの付き合いは教員の中では一番あったからね。」
「今でも繊さんは…無理して辛いことを隠しているんでしょうか」
私の言葉に先生は少し驚いたようだ。
しかし直ぐにあの優しい笑みに戻って教えてくれた。
「少なくとも、今はそれはないと思うがね」
「え、分かるんですか?」
「先程会ったときにそんな感じはしなかったよ。随分と今の職場は良いところのようだ。」
その言葉に、なんだか凄く安心した。
そこでふと何故自分がこんな相談じみたことをしてしまっているのだろうと思い恥ずかしくなってしまった。
「す、すみません!こんな相談みたいな…」
「ははっ、構わないよ。それに…なんだか嬉しいんだ」
「え?」
「君みたいな良い後輩を持って、あいつは幸せ者だな」
呆然とする私を放って先生はお茶を一口啜るとまた話始めた。
「実はね、あいつが就職先を悩んでいたときタソガレドキを勧めのは私だったんだ。」
「え…」
「ただ失礼な話だけれどタソガレドキは戦の多い城だろう?だから他の教員は皆反対した」
私は他の教員の人の意見にまあそうだろうなと思った。
自分はもともとタソガレドキには縁故というか父のあとを追って入ったようものだけれど、普通にこうやって学園などを出たのならやりがいがあるとはいえわざわざこんな危ない城に就職しよなどとは思わなかっただろう。
ましてや繊さんは女性なのだ。
「でもね、あいつが仕事にやりがいを求めていることに気づいてしまった私にとっては、背中を押すことしかできなかったよ」
「…もしかして、本当は行かせたくなかったんですか?」
「…まあ行かせたかったとは言えないね。でも他に来た求人先ではあいつの実力をしっかし引き出せる気は到底しなかった。」
あいつの実力を全て使うことができて、更に成長させてくれるのはタソガレドキだと思ったんだ。だから私はあいつの背中を押した。
そう言った先生は凄い人だと思った。
もし自分がこの人の立場だったなら自分が可愛がってきた生徒をこんな危ない城になど就職させたくない。
いくら本人が実力を試したいと思っていても女性なのだから、戦の少ない城に就職させていずれはどこかへ嫁ぎ女性としての幸せを掴ませてあげたいと願うのが普通だろう。
「繊さんは、それで…」
「…随分と吹っ切れたような顔をしやがったよ。笑顔で、ありがとうございますなんて言われたら私も引っ込みなどつかないさ」
困ったように先生は笑うが、きっとこの人は繊さんが笑顔で感謝の気持ちを伝えなかったとしても自分の言葉を撤回などしなかったと思う。
たった数時間しか一緒にいないけれど、なんとなくそういう人だと思うのだ。
「他の先生方は何もおっしゃらなかったんですか?」
「ははっそれがね、暫くの間職員室で随分と叩かれたよ。」
「ええっ!」
「ああ、今は全くそんなこともないし仲良くやっているよ。…まあ、あいつもあのときは考え直せだとか色々と言われてたみたいだしな。」
「そうなんですか…」
「でも、それで引くようなあいつでも私でもない。それに…背中を押した責任ではないけれど、何か言われたときはあいつの味方でありたかった。」
「………」
そして私はこのときの言葉を、きっと忘れないだろうと思う。
「あいつの決めた道を、しっかりと守ってやりたかったんだ。」
訳もわからず、何故か泣きそうだった。
こんな素敵な先生じゃ繊さんが惚れてしまうのも仕方ないと思った。
そして先生は笑って続けた。
「卒業してから十年も連絡が来なかったときは、さすがに私も後悔しかけたよ。あのとき私の意見を押し付けてしまったのかもしれないとね。」
「そんなことっ!」
「ああ…再会して、間違っていなかったんだと思ったよ。」
「………」
「あいつは随分と成長して、随分と良い後輩を連れて…随分と良い土産話をもって、会いに来てくれた。」
「先生……」
「君たちの城は、凄く良いところのようだ」
格好良いと思った。
本当は繊さんが心配で堪らなかったんだろうな。
私も、こんな大人になりたいと思った。
繊さんには悪いけど、私は今この先生に伝えたくて仕方ないことがある。
「先生」
「なんだい?」
「私、ここに来る前から先生のこと知っていました。」
「え?」
いつもの繊さんを思い浮かべると思わず頬が緩んでしまいそうになる。
「繊さんが毎日のように話してくれるんです、先生のこと。私の恩師の先生はね、って凄く楽しそうに。」
「……そうか、」
「はい。だから私も今日お会いできて嬉しいんです。繊さんの大好きな先生に。」
「…ありがとう。」
先生は笑ってお礼を言ってくれた
先生、嘘なんかじゃありませんよ。
いつも彼女は楽しそうに、嬉しそうにあなたのことを話すのです。
ああ、大好きなんだろうなってすごく分かる。
初恋のお相手だとは流石に知らなかったけど。
そのとき、食堂の入り口から私の大好きな人の声がした。
「先生、尊奈門君もまだここにいらっしゃったんですか。探しましたよ。」
「ああ…随分と話し込んでしまったようだ。」
「ふふ、尊奈門君たら先生を独り占めなんてずるいわ。」
「えっあ、すみません」
「あ、でも先生も尊奈門君を独り占めなんてずるいですね。」
「はは、すまん。良い子だったんでついな。」
そう言って笑い合う二人はすごく楽しそうで、私も嬉しかった。
なんだか元気になったもんだから、土井半助ともう一勝負してこようと立ち上がる。
「繊さん、まだ時間大丈夫ですか?」
「え?うん、大丈夫だけど…」
「じゃあ私、もう一勝負してきます!」
「ふふ、分かったわ。怪我しないようにね。」
「はい、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
笑顔で繊さんに送り出され食堂を出ようとしたとき、後ろから私を呼び止める声がした。
「諸泉くん」
厚着先生だ。
「は、はい!」
「先程の質問の答えだが…」
そこで先程自分が繊さんは先生にとってどのような存在かと聞いていたことを思い出した。
すっと背筋を伸ばして言葉の続きを待つ。
「今は、そうだな…娘のようだと言っておこうか」
優しい笑顔で言ってのける先生はやっぱり格好良かった。
先生の隣で不思議そうにしている繊さんは見ないふりをして、ありがとうございます!と頭を下げて私は食堂を後にした。
ああいう人に
(私はなりたい)
(組頭も好きだけれど)
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