12


「先生っ…!」

そう言って先生の胸に飛び込むと、先生はしっかりと受け止めてくれる。

久しぶりの先生の胸は昔と変わらず逞しく、それでいて暖かかった。

こんな姿、組頭や尊奈門君には見せられないなあ。


「…先生、ずっと…お会いしたかったです。」

私がそう言うと先生は小さく笑った。

「よく言うな。お前が顔を出しに来なかったのだろうが。」

「…一人前のくの一になってから、会いたかったんです。」

先生の胸に顔を押し付けながら話す。そんな私の背中に先生も手を当ててくれる。

「なら、もう一人前になれたのか?」

「……いえ、まだまだです。」


私の答えに先生はくっくっ、と喉を鳴らして笑う。そこで私が顔を上げると、それなりにシワの増えた先生がいて、10年の長さをやっと感じたような気がした。

「一人前じゃないのに来たのか?」

「この間学園に用があって来たとき…我慢できなくなってしまいました。」


そうなのだ。組頭のお迎えに来たとき誰にも言っていないが、実はどうしようもなく先生に会いたくなっていた。

そして組頭が挨拶をしたのかと言ってくださったのをいいことに、会いに来てしまった。

でも先生は…自分にも人にも厳しい方だから、自分で決心したものを曲げてしまった私に、あまりいい気持ちを抱いてないだろう。

俯きながら小さな声で「…すみません」と呟く。

すると先生は、私の頭に手を置いた。


「お前が謝る理由は、聞かないでおく。ただ…」

先生の言葉の続きが気になり顔を上げると、そこにいたのは優しい顔をした先生だった。

「教師としては、教え子が顔を出しに来てくれるのは嬉しいものだよ。」
「厚着先生…。」
「お前みたいによく関わったやつなら、尚更だ。」


そうだった。
先生は、こういう方だったな。

私はどの先生よりも厚着先生を尊敬し、どの先生よりも厚着先生と過ごした時間が一番長かった。

厚着先生は凄く厳しい方だったけど、それ以上に凄くお優しい方だった。優しさ故の厳しさだったのだ。


私が進路で悩んでいたときはもちろん

友人が次々と学園を辞めてしまい落ち込んでいたとき

色の実習が嫌でしょうがなくて逃げ出したくなっていたとき


他にもたくさん、色々な場面で私を導いてくれていたのは、いつだって厚着先生だった。

厳しくも優しい言葉をかけて、いつも私を正しい道へと連れていってくれた。

私はそんな先生が昔から大好きで。

学園にいた頃は何かあると直ぐに先生に報告へ行っていた。

ひとつ話すごとに頷いてくれる先生が
、大好きだったのだ。


いくら委員会で無茶なことをやらされても、その気持ちは変わらず、常に尊敬の念を持っていた。

今もそれは変わらない。
私は先生のように優しく厳しい、素晴らしい忍になりたいのだ。


「…厚着先生。」
「何だ?」
「私…いつになれば、どんなくの一になれば、一人前だと言われるのでしょうか。」
「……」

全然わからないのだ。
確かにタソガレドキに就職して本当によかった。組頭を始めとする忍軍の人は皆いい人だし、自分の力が10年でとても磨かれ向上したとも思っている。

しかし、どこまでいけば"一人前"なのだろうか。


私がまた俯くと、先生は私から少し体を離した。

そしてゆっくりと言葉を紡いでいく。


「5年くらい前か。それくらいの頃から、忍の間でよく聞く噂があってな。」
「……」
「タソガレドキ城に、年若くとても優秀で美しいくの一がいる。とな。」
「……え?」

「確信もないのに、お前のことだろうなと教員たちで話していたよ。
お前と同期の他の奴らは何かと連絡を寄越していたのにお前は音沙汰ないからな、その噂で我々教員はお前の安否を確認していたようなもんだ。」

確かにタソガレドキ忍軍にくの一はほとんどいない。それにくの一の先輩方は私とは年が離れていて最近はもう年に何度かしか前線に出ていない。今現在現役で出張任務を行っているくの一は私だけなのだ。


「一人前なんてお前が自分で分かるようなもんではないだろう。周りから見れば、お前はもう一人前だ。」
「そんなこと…」

「ただ、お前は納得いっていないんだろう?」
「…はい」

「それでいい。完璧というのが一人前といのなら、この世に一人前の人間など存在しないさ。」
「……。」

「納得していないのなら一人前というものでなく、より高みを目指すまで。…まあ"一人前"という言葉の価値観など人それぞれ違うがな。私はそう思うだけだ。」
「……私は昔から、先生の言葉が全てだと思ってます。」


そう言って先生を見ると先生は口角を上げた。


「自分の意見を持つことも大事だぞ。」
「はい。でも久しぶりにお話を聞けたので。」


10年振りの先生のお話。
学生時代に戻った気がした。
そして何より、あの噂というものを聞いて私を気にしてくださっていたことがとても嬉しかった。

周りから見れば一人前、か。


「先生。」
「今度は何だ。」

「私、たまには先生に会いに来てもいいですか?」


先生は少し驚いたような表情をしたあと、少し笑って言った。


「ああ。」



何年経っても
(先生は、変わらず先生)







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