09
朝食を綺麗に平らげ、少し落ちてしまった紅を直した後部屋を出る。部屋を出る前に何度も鏡で自分の姿を確認したことは、内緒。
私の向かっている先は、
我が忍者隊の組頭の自室。
その手には朝作ったぼた餅。皿の上に乗せたそれには今は布がかけられている。
お目当ての部屋に着いた。
トントン。
襖の縁を叩くと中から声がする。
「はいはい」
「あ、日向です。」
「どうぞー」
「はい、失礼致します。」
襖を静かに開けるとそこにはもう忍び装束に着替えた組頭がいた。
「おはようございます。」
「うん、おはよう」
「もう着替えられて…今日はお早いんですね。」
私がそう言うと組頭は少し拗ねたような表情になった。
「大事な部下のお見送りでもしてあげようかなと思ってね。」
「あー…と、すみません。」
「…まあ繊ちゃんはいつも頑張ってくれてるから、ご褒美だよ。」
組頭はそう言って私の頭を撫でた。
そういえば…簪、
気づいてくれてるかしら。
さりげなく簪を見せつけるようにして、傍らに置いていたぼた餅を組頭に差し出す。
「これ、何だい?」
「ぼた餅です。よろしかったらお時間のあるときにでもお食べください。」
「おー、ありがとね。繊ちゃんの作るぼた餅美味しいからねえ。」
「ふふ…組頭のは少し大きめですよ。」
私の言葉で喜ぶ組頭に思わず頬が緩む。
「もうすぐ出るのかい?」
組頭がぼた餅の乗ったお皿を自分の横に置いて聞いてきた。
「そうですね。このあと尊奈門君を迎えに行って出ようと思ってます。」
「そっか、気を付けてね。」
はい、と返事をしたけれど…組頭は簪に気づいてないみたいだ。もう覚えてないのかしら。
そう思ったらわざわざ見せに来たような自分が恥ずかしくなってきた。急に気分が落ちてしまって、お話しもそこそこに部屋を出ることにした。
「組頭。私、そろそろ失礼致しますね…。」
「あら、そうかい?」
「はい…夕方には帰りますので。」
行ってらっしゃい、と言う組頭に出発の挨拶と一礼をして襖に手をかけた。
そのとき、
「繊ちゃん」
「…は、はい」
なんだろうか。
振り向くと組頭は面白そうに笑っていた。私が首を傾げるとさらにその笑みを濃くする。
「どうされました?」
怪訝そうに私が聞くと、少し真剣な顔に戻って。
そして言ったのだ。
「簪、似合ってるよ」
「……あ…」
「やっぱり似合うね。あげて良かった。」
「…気づいてらしたんですか。」
「そりゃあもちろん。」
そう言って組頭は嬉しそうに笑った。
「私、てっきり…」
「気づいてないと思ったんでしょ」
「…はい。」
「それで落ち込んだんだろう?」
「…な!」
この人、それが分かってて何も言わなかったのか。つくづく性格が悪い!
キッと睨むと組頭はまた面白そうに笑って言ったのだ。
「尊奈門と出掛けるのにおめかししているから…悔しくて、ついね。」
「でも、意地悪です…。」
「ははっ!ごめんね。でも似合ってる。それに…」
綺麗だよ。
と頭に手を置かれて、耳元で囁かれた。
「…っ、!い、いってきます!!」
急に恥ずかしくなって、熱くなってしまった顔を誤魔化すために、走って組頭の部屋を後にした。
背に「行ってらっしゃい」という組頭の声が聞こえた。
悔しい、
(大人の余裕ってやつですか)
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