タッタッタッタッ


聞き慣れた足音が段々と近付いてくる。

この足音は、きっとあの若い忍者の男の子だ。

扉が開きあの子はこう言うだろう。



「苗字先生!組頭が!」


ほらね、予想通り。



「毎日大変ね、諸泉くんも。」
「はい…?って、それよりも組頭をなんとかしてくださいませんか!」

「なあに、またお粥たべないの?」
「そうなんですよ!苗字先生じゃなきゃ嫌だとか言ってて…」


助けてください!という諸泉くんはなんだか可愛らしい。確かこの間女中さんたちも可愛らしいと噂していたな。

しょうがない、可愛い若手忍者さんの頼みだ。そして何より組頭ともあろうお方がいつまでも寝込んでいるのも良くないだろう。


よいしょ、と腰をあげる。


「今行くわ。お粥は組頭のお部屋にあるの?」
「あ、今女中さんたちに温め直してもらってます!」


「そう。じゃあお勝手に寄ってから行くわね。諸泉くんはお仕事に戻っていいわよ。」
「ありがとうございます苗字先生!」


笑顔でお礼言い足早に去っていった彼を見送って、私も部屋を出る。

お勝手へ行くと女中の皆さんが笑顔で迎えてくれた。


「あら、名前先生!」

「こんにちは。組頭のお粥を暖め直していただいてると思うんですけど…」

「ああ、はい!今出しますね」

「ありがとうございます。」



女中さんは火にかけていた小さな土鍋の中を確認したあと、小さく頷いてお盆に鍋式とお椀、それから蓮華を添えて渡してくれた。


「はい、名前先生。いつも大変ですね。」
「いえ…ありがとうございます。」

「組頭食べてくださるといいですけど。」
「ふふっ、こんな美味しそうなお粥を残させるようなことしませんよ。完食さてきます。」

「あら。ふふ、頼みましたよ。」
「はい、それじゃあ。」



笑顔で送り出してくれた女中さんたちに挨拶をしながらお勝手を後にする。

向かうは組頭の自室。


そもそも何故私がこんなことをしているのかというと、それは私がこのタソガレドキ城に住み込みで勤めている医者だから。

この時代女性の医者というのは珍しく、ヤブではないのかと疑われたり、女だからと言って見下されたりなどしてあまり就職口は見つからない。

しかしここのタソガレドキ城首の黄昏甚兵衛殿が女医というのを面白いと言って雇ってくださった。実に有難いことである。


しかもこの城は好きなのかはわからないがよく戦をする。その度に鉄砲隊や忍軍などの手当てをするので医者としての経験も多く積めるのだ。


ただ問題なのは、完全に婚期を逃してしまったこと。

これは医者になると決めたときに覚悟していたつもりではいたが、やはり女の幸せというものにも憧れはある。


まだ28で医者としては若いがこの時代にこの歳で結婚していないとなると、もう駄目だろうと思う。



「はあ…」


思わずため息が出てしまう。


と、そうこうしているうちに目的の場所へと着いた。

膝をつき一度お盆を下に置いて声をかける。


「組頭、苗字です。失礼しますよ。」



そうして障子を開けると床についている組頭がいた。


「組頭、お加減いかがですか。」
「うーん、あんまり」

「そうですか…少し首もと失礼しますね」


近付いて首もとに触れる。
額には濡れた手拭いが乗せてあるのでそこでは体温が分からないだろう。


「まだ熱がおありですね…きちんとご飯を御召し上がりにならないからですよ。」
「食欲がわかなくてね。あ、でも名前ちゃんが食べさせてくれるなら…」

「くだらないこと仰らないでください。ほら、暖め直していただきましたから。」
「うん…」


組頭の額に乗せられていた手拭いを退かして、背中を支えながら起き上がるのを手伝う。


背中に添えた手のひらから高めの熱が伝わってくる。


「組頭、どうぞ。」


そう言ってお盆ごとお粥を渡すと、何故か拒否されてしまった。

お粥を食べるから起き上がったのではなかったのか。


「組頭、召し上がってください。きちんとお食事を摂らないと、治るものも治りませんよ?」

「うん。食べるよ、食べるからさ」
「なんです?」

「名前ちゃんが食べさせて。」



この人は何を言っているのだ。

食べさせてって…そんな恥ずかしいこと!


「ごっ、ご自分で召し上がってください!」

「えー…一口でいいからさ、一口食べさせてくれたら後は自分で食べるよ。」


ね。とねだる組頭。
うう…しょうがない、やるか。


一口食べさせるだけで良いのだ。そしたら後は自分で食べると言っているのだから。


「…わ、わかりました」
「やった」

「一口だけですからね」
「うん。わかってるよ」


まだ熱いお粥を蓮華ですくい、組頭の口元に持っていく。


「え、ちょ名前ちゃん熱いでしょ」
「あー…そう、ですよね」

「ほら、フーフーして冷まして。」
「………」


この人は本当に病人なのだろうか。先程自分の手で熱を感じたばかりだがそれすらも疑ってしまう。

だがやるしかない。言われた通り蓮華にすくったお粥を自分の息を吹き掛けて冷ましていく。


そしてそれを包帯をずらして待っている組頭の口元へと差し出した。



「うん、美味しいよ。」
「そうですか。」

「なんたって名前ちゃんの愛が込もって「あ、後はご自分で召し上がってください!」



組頭の言葉を無理矢理遮り、これまた無理矢理お盆ごとお粥を渡した。


組頭はというと、何か言いたげではあったが一度にこりと笑ったあと素直にお粥を食べ始めた。