タソガレドキ城で女中として雇ってもらい、もう少しで早一年が経ちます。

女中の中でも一番年下であり、まだまだ新人な私は、毎日忙しいながらも楽しく過ごしています。

そして先日、
気になる人ができました。



あの日も朝早く起きて、水汲み場で夜のうちに溜まった忍軍の方々の洗濯物を洗っていました。

これは昔から新人女中がやるのだと決まっているらしいのです。さすがに小頭や組頭など、お偉い方のものはては出さないそうですが。

しかし私からしたら忍軍の方というだけでお偉いと思うのです。

先輩方はこの朝早くの洗濯が嫌だったと仰っていたけれど、私はこの仕事が好きだったりします。普段頑張っている忍軍の皆さんへ、ほんの少しだけ役に立てているような気がするのです。

今日もお疲れ様でした。と思って洗濯をしていたら、朝から訓練をしていたのだろう、汗をかいた若い忍者の方が水汲み場に近づいてきました。

私は一礼をし、挨拶をしました。

「おはようございます。」
「あ…、おはようございます。」

急いで洗濯物を脇へとずらしました。

すると忍者の方が申し訳なさそうな顔をして私の手元を見ながら言ったのです。

「その洗濯物…、いつもあなたが?」

「…は、はいっ。」

話しかけられるなどと思っていなかったので正直とても驚きました。

「いつもすみません…」
「いっ、いえ!私、この仕事好きですから…。」

私がそう言うと、忍者さんは眉を下げながら小さく笑い言いました。

「…ありがとうございます。」


私みたいな新人女中にお礼を言ってくださるなんて。

「…い、いえ。もったいないお言葉です。」

嬉しくて、なんだか恥ずかしくて、俯きながらそう答えました。

忍者さんは一度くすり、と笑うと本来の目的だった洗顔を始めました。

頭に水を被る忍者さんを横目で見ていると、視界に汗と土で汚れている手拭いが入りました。

まさかその手拭いで今洗っている顔を拭くのでしょうか。

しばらく見ていると、予想通りその汚れた手拭いを掴もうとしたので慌てて止めました。

「あっ、あの…!」

私が止めると忍者さんは驚いていて、水浸しの顔でこちらをぽかんと見つめていた。

私は急いで自分の懐に入れていた綺麗な手拭いを差し出しました。


「えと、すみません…っ、せっかく顔を洗われたので…、良かったらこちらを、お使いください。」

そう言っている間に女中ごときで忍者さんに無礼かと思えてきてしまって、言い終わる頃には目線は完全に下を向いてしまっていました。

忍者さんからの反応もなかったのでいよいよまずいと思い顔を上げようとしたとき、

「ありがとうございます」

私の手から手拭いが消えました。

ばっ、と思わず見上げると、忍者さんは顔を拭いていた。私の手拭いで。

良かった…。


「あ、じゃあ…そちらの手拭いはお預かりしても宜しいですか?」
「あっ、すみません!洗濯物増やしてしまって…」
「いえ、全然大丈夫ですよ。」

私の言葉に、忍者さんはまた申し訳なさそうな笑顔をしました。

そして、

「すみません、お願いします。」

汚れた手拭いを渡してくれた。

「承りました。」
「あの、この手拭い…このままお借りしてもいいですか?」
「はい、是非使ってください。」

忍者さんは「ありがとう」と言い、それでは仕事があるからと忍軍の長屋に戻って行かれました。

とてもお優しい方でした。
困った笑顔も素敵だったのだから、普通に笑ってくださったらもっと素敵なのだろう。

忍者さんから預かった手拭いを見つめながらしばらく余韻に浸っていましたが、洗濯物を思い出し、急いで洗い始めました。








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