『其れ』
何をして『其れ』を定義付けるか。
『其れ』を問う自分にすら明確な定義は無く。
曖昧な空想の中、形作られていく空っぽの自分という名の身代わり。
必要なのだと肯定しながらも自分の本心では無いのだと、心の奥底で蓄積されてゆく気まずさを誤魔化す。
そうする事で、自分を何かわからないものから護れるような気がしたのだ。
冷めた目で見つめてくる身代わりを捨てる勇気は無いくせに、冷めた目で見つめてくる周りの目から逃れる事ばかり考えていたのだ。
なんて愚かで貧しい生物なのだろうか。
抽象的な事ばかりを望んでおきながら、いざ、手に入れるのなら形を求める。
『其れ』を得るために幾千の他人と幾万の未来を切り捨てたのだ。
自分の為なら何処迄も残酷になれる自分には、誉められるべき処も無ければ、自信を持って表し続けられる信念も無かった。
ただ、『其れ』が欲しかったのだ。
ただ、欲求に溺れていたのだ。
そしてそんな自分にさえ、何処か崇高なる使命を全うしているかのように感じていたのだ。
自分は、『其れ』を求めながら、『其れ』が何なのかを理解していなかった。
理解できているものと理解していたのだ。
間違った軸は、その後の思考に多大な影響を発し、この世の全てに誤解と偏見を垂れ流した。
気付いた賢者は愚者となり、気付かぬ愚者は飽和し腐る。
意味の無い群れを創るは、愚者になる事を恐れた賢者。
そうした時点で既に賢者という代名詞は、魂無きものへと変わるのだ。
誰もが『其れ』を求め、故に壊れていく。
何故かと狂い、何処にかと嘆き崩れる。
心が保たぬのだ。
『其れ』を真に得ることなど、人には出来ぬのだ。
『其れ』を得ようと、数え切れぬ人々が、他人を排除し、未来を断った。
そんな大切なモノを捨てた輩に、『其れ』が応えるのだろうか。
しかし、それすら捨てられぬ者に『其れ』が応えるのだろうか。
『其れ』は不可侵の領域。
そして、人にとって最高の願い事であり、全ての理由。
故に『其れ』に定義など無し。
『其れ』が『其れ』である以上の意味は無いのである。
……
『其れ』とは何か。
『其れ』を理解することは人の至高の使命かもしれない。
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