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 あの子は12歳の誕生日を迎えたのだ。
 己は今日があの子の誕生日ということを知らなかった。
 ただ何時もよりも周りが騒がしいと感じたくらいだった。
 いつものように礼拝へと行く道は騒がしく、また慌ただしかった。

 何故が心が軋んだ。
 なんだってことのない、同じ毎日を過ごすのだと思っていたのだ。

 礼拝堂内のあの子を見るまでは。


『……■■■?』

 己の擦れた声は、辺りの大歓声の中に紛れて消えた。
 だがたった一度呼んだだけで、己の口内の水分が無くなったのは分かった。


 いっぱいに見開かれた己の目に移ったのは、躰中を切り裂かれた■■■の姿だった。

 小さいあの子の躰から流れ出たとは信じられないほどの量の血液は、座を浸し、階段に真っ赤な敷物を造っている。

 その血に縋りつくのは、今まで全てをあの子に押しつけていた他人。
 ペチャペチャとしたおぞましい水音が、神聖なはずの礼拝堂に響き渡る。口元を真っ赤にしながら、それでもまだ足りないとでもいうように、一心不乱に啜り続けていた。


『■■■……、嫌、いやだ……』

 目の前の光景がどうしても己には信じられなかった。
 あの子じゃないかもしれない、という望みをかけ、よく見た行為は結局、あの子の無惨な姿を凝視してしまう結果になってしまうだけだった。

 可愛く、綺麗に笑ったあの子の顔は血だらけとなり、普通なら眼球があるべき場所が窪んでいた。閉じた目から伝う血は、まさに血の涙であった。
 頭部は破壊されており、綺麗に切りそろえられていた髪の毛は無惨に飛び散り、その容貌をまったく変化させていた。
 女が、男が、あの子の頭の中身を啜っている。競い合うようにそれを喰み、喃下する。
 子鹿のようにほっそりとしていた手足は無く、ただ血の滝を生み出しているだけにすぎなくなっていた。
 腹部を掻き開かされ、中に収められているはずの全てが外へと曝されている。
 それを我先にと奪い合うのだ。
 その光景はおぞましく、これは本当に人間の仕業なのかと疑った。


 何もすることもできずただ立ちすくんでいた己を、たくさんの他人が押し退けていく。
 あの子の躰をめがけて。
 気持ちの悪い音と共にあの子の躰が砕かれていく。
 綺麗だったあの子が、汚い他人の腹の中へ収められていく。


『どうかなされましたか?』

 動かない己を訝しんだように後ろから声をかけられた。
 ゆっくりと振り向いたさきにいたのは、いつも座に佇んでいたあの子の近くに立っていた神父だった。
 穏やかなその表情は、逆にこの場においては冷たく、恐ろしく感じられた。

『……これは、いったい……?』

 震える唇で己は尋ねる。
 震えていたのは唇だけではなく、全身が止まらない。
 今すぐこの場から立ち去りたいのに、あの子がよくわからないことになっていて動けない。

『? 何をおっしゃっておられるのですか? あれは神聖なる儀式です』

『ぎ……しき?』

 神父は頷く。

『私達の魂というのは、世界の悪に徐々に染められていってしまっています。 しかしそれは不可抗力とでも申しましょうか、どうにも抗い難いものなのでございます。 そんな不浄のものを浄化するには、■■■様の肢体を我が身に収めるしか無いのです』

 神父がぺらぺらと饒舌に話し続けている。
 しかし、己にはそれを聞き続ける事はできなかった。
 ただ、何故どうして、が頭の中を回り続けていた。

 すると今まで話し続けていた神父がふと話を止め、己をじっと見る。

『あなた様はもしや……◆◆◆さんではありませんか?』

 名乗ってもいないのに当てられた名に、己は少し気味悪く感じた。しかしそんな己とは正反対に神父は親しげに話す。

『いやいや、大きくなられて。 先程までは分からなかったが、よく見るとあの時の少年のままだ』

『あの……時?』

『ああ、あの時のままだ』




『12年前、先代の聖少女を貪り食った、あの時の』






『……え』

 何を言われているのか、まったく理解ができない。
 こいつは何を言ってるんだ。
 俺が、先代の、聖少女を、むさぼりくったなどと。

 頭がずきずきする。
 今まで頭の中を淀んでいた靄が、だんだんと晴れていくような、しかし、そんな明るいものではなく。

 一瞬浮かび上がった映像は、血だらけで臥している少女。

『……え? な、に』

 どこか先程よりも機嫌がいい神父は、懐かしむかのように目を閉じる。

『あの時の君は本当に凄かったよ。 並み居る他を払いのけ、一心不乱に先代の聖少女を貪っていたのだからな。 忘れられないよ』

 神父は楽しそうに笑った。
 己には笑うことが出来なかった。

 何故なら理解してしまったからだ。





 己がした行為を。
 鮮明になる記憶は紛れもなく自分自身で。

 己はまだ幼かった聖少女を……。







『おお! 素晴らしい喰いつきだな。 ほら、まだ残ってるぞ』

 父親が指差した先は血溜りと点在する肉塊。それを食べろという父親と、それに対して何の疑いもなく歩きだす子供。
 そして、まだその小さい汚れを知らない手で、穢れを識る。
 掴んだ物を何の躊躇い無く喰む子供の姿。
 表情はどこか恍惚としているようにも見える。
 その恐ろしい行為を、まるで聖なる儀式のように遂行していく。

『ちちうえ、これで己は、きれいになれたのかな?』

 無邪気に微笑みながら父親に尋ねるその様は、何もおかしい事はないのに、その子にこびり付く真っ赤な血がすべての現状に異常を示している。
 父親はその子を抱き上げ、頭を撫でた。
 まるで、肯定するかのように。
 そして子供は笑うのだ。
 大好きな父親に褒められて。
 それが異常だということもわからぬまま。



 何故、忘れていたのか。
 それさえも忘れてしまっていた。
 たしかに己は聖少女を喰らったのだ。

 自分はなんて愚かしいのだろう。
 あの子は気付いていたのだろうか。
 己が昔、聖少女を喰らったということを。
 今となれば、全ては闇のなか。
 あの子が知っていたのか、そうでないのかはもうわからなかった。

 己は祭壇へと一歩、また一歩と足を進める。
 徐々に深くなっていく血の匂い。
 血を啜っていた他人を蹴散らしながら、あの子のもとへと歩く。

 ようやく辿り着いたそこで見たものは、胸から下と腕、眼球、頭部を失ったあの子だった。


『■■■……、あぁ……本当にすまない。 もっと早く思い出していれば、もっと早く気付いていれば……』







『君を喰べることができたのは、己だけだったのに』






 口の端が上がる。
 何故だろうか、さっきまで感じていた恐怖や不安がまるで無い。
 ただ、どこか気分が高ぶっていて、不思議と楽しいのまで感じられる。

 己は優しくあの子だったものを抱き上げる。
 そして、もう決して音を紡がない青ざめた唇に、口付けをした。


『もう、大丈夫だ。 己が残さず食べてあげるから』



 ふと、あの子の顔が笑ったように思えた。

………
グロ……いのかな?


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