予定調和を蹴散らして


 最近雨がなかなか降らなかった自分の地域に、待ちに待った雨がやって来たのは今朝の未明。自分が未だ布団の中にくるまって寝息を立てていた時。
 朝起きて、凄い雨だな、とか、登校するのが大変そうだな、とか当たり障りのないことを思いながら階段を降りた。いつものようにトイレに行ってから居間向かう。

 そこから、少しおかしかったのかもしれない。
 いつもなら少し小太りですっぴんの母親が、台所で朝御飯を作ったり、自分や父親の弁当を積めたりしている筈だった。父親はまだ起きておらず、寝ているのが常だったからだ。
 ところがどうだろう、今日に限って両親ともに揃って居間にある椅子に座っていたのだから。しかも、向かい合ってではなく、片方に二人が座り、机の向かい側の席は二脚とも空いている。
 自分が起きてきたことに気付いた母親は、一瞬しまったという表情をしたあと、いつもの笑顔になり、よく眠れた?、というもの台詞を言った。父親も視線を外している隙にいつもの雰囲気に戻り、毎日のように今朝の新聞に眼を通していた。先程までの異様な光景は、まるで夢か幻であったかのように消えていたのだ。
 一体何だったのか気になったが、両親の先程の出来事を聞けない空気に、自分も尋ねることが出来なかった。
 会話もなく、母親が出してくれる食事をただ咀嚼する。いつもなら何かと雑談が入るのだが、それすらも出来ない不思議な雰囲気。
 何とかしなければ、と謎の焦りが自分の中に広がる。ひょっとして離婚の話とかしていたのかな、と言う考えが頭の中を過るほど、重い沈黙だったのた。何か話題をと辺りを見渡すと、ふと眼の中に壁にかけられたカレンダーが飛び込んできた。その今日の日付につけられた赤い丸のマーク。あ、と思い出す、今日が自分の誕生日であったことを。カレンダーを買ったとき、妹が全員の誕生日に赤い丸のマークをつけていたのだ。
 これだ、と思った自分は、極力明るい声を出して言った。

「今日、おれの誕生日だなー」

 空気が凍りついたのをひしひしと感じた。母親が持っていた皿を落とした。父親の持っていた新聞がくしゃりと音をならした。そして自分をそれはそれは悲しそうな眼で見てくるのだ。
 ひょっとして、というか完全に話題の切り口を間違ったらしい。自分の誕生日が、二人を謎の空気に包み込んだ元凶だったようだ。
 しかしながら自分の誕生日であるという事実が、二人をそのような雰囲気にさせてしまったのか、全くわからない。というか、自分の誕生日のせいで暗くなる親なんて、見たくなさすぎる。切なすぎる。
 変な空気が引き続き周りを包み込む。普段ならだるい学校にも、スキップして行きたいくらいの居心地の悪さ。とりあえず早く行こうと、出された朝ごはんをかきこんだ。

「ごちそうさま」

 そういって勢いよく持っていたお茶碗を机に置いたと同時に、今は未だ起きてきていない妹が座っている席に置いていた自分の鞄を掴んだ。
 と、思ったら今まで黙っていた父親が新聞を机の上に置き、待ちなさい、と制止した。

 突然の声かけに、自分はえ、とびっくりした表情で父親を見る。父親はなんだか泣きそうな顔で同じく泣きそうな声で自分に言った。

「話が、ある」

 今日は自分の誕生日。
 自分のことで悲しそうな両親。

 嫌な予感がその父親の声色から感じられる。聞きたくない気持ちと、このままでいることの気持ち悪さとで揺れる自分がいるのを感じた。このまま学校に行ってしまうことも出来ただろうに、それでもこの機会を逃してしまえばもういつもの家族に戻れない気がした。
 母親も父親の横の席に座り、朝の謎の光景に自分が加わるという、思ってもみない展開。
 暫くどちらもはなさなかったが、意を決して父親がその口を開いた。

「お前は今日で18、もう大人と言ってもいい年だ」

 自分は黙ってその言葉を聞く。

「その、な。 母さんから聞いて、父さんも色々と考えたんだ」

 話が、読めない。母親が自分の何を父親に伝えたのだろうか。そして、何を二人で話し合ったというのか。
 母親が潤んだ目頭を、ティッシュで拭いている。

「お前が隠していたのは仕方がない。 でも、もう隠さなくてもいいことを伝えたかった」

 隠す?
 自分は何か大きなことを隠していたのだろうか。隠さなくてもいいことを伝えるより先に、何を自分が両親に隠していたのか伝えてほしいところだ。
 少し肩を震わせる母親に、そっと寄り添う父親。見ているだけならなんとまぁ美しい家族であるが、当人の自分はぽかーん、だ。

「えー、と。 何の話?」

 とりあえず正直に尋ねてみる。すると父親は何か知ったような顔で首を振る。

「隠さなくてもいい。 父さんも母さんも否定なんかしないと決めたからな」

 とても優しい表情で、良いことを言う父親。
 全くわからん。

 しかし、次の父親の言葉で自分はいつからそんな眼で見られていたのだろうか、と頭を抱えた。

 父親は更に優しい声で続けたのだ。


「お前が女装が趣味でも、お前はおれたちの息子だ」


 長い沈黙。
 父親の言葉がよくわからないが、女装、と言ったのだろうか。あれ、除草?
 いやいやいやいや、自分の趣味はゲームであって女装ではない。ちなみに除草でもない。
 そんな自分の内心など全く解さないというように、二人は謎の生優しい空気を出しながら、これまた目に謎の涙を潤ませて見つめてくる。


「おはよー」

 ここでまさかの妹の起床。
 今このタイミングで起きてくるとは、自分の妹ながら恐れ入る。ボサボサの髪の毛をかきながら、それでも女子か、と突っ込みたくなる顔でやってきた。
 と、さすがの妹も謎の空気を察したのか、じっと机に向かい合う3人を見つめた。

「え、何? 兄貴になんかあったの?」

 妹が恐る恐る両親に尋ねる。しかし、両親もさすがに妹に兄の女装(していないが)について話すのは躊躇いがあるらしく、誤魔化すように乾いた笑いを漏らす。
 妹は説明しろと言わんばかりにこちらを見てくるのだが、自分でも何と説明したらいいのか。とりあえず、妹よりもこの両親にも何と言ったらいいのか分からない現状であることを察して頂きたい。

 しばらく四人で謎の視線の押収を続け、ようやく両親が口を開いた。

「驚かないでね。 実は……、お兄ちゃんのクローゼットの引き出しから、女の子の服が見つかったね……」

 おおっと、ここで自分が女装癖のある男だと間違われた理由が話されるとは。心の準備がまだだったのですが。
 またほろりと涙を流す母親。
 というか、自分の部屋のクローゼットから、女の子の服とは。最近クローゼットなんて開けてないから何がどう動いているなんてわからん。服は、部屋に出ている3段のプラスチック収納棚(家具屋で1,280円)に入っている分しか出し入れしていない。クローゼットなんて、昔の捨て忘れてる服とか、なんかよく分からない小学生のときに作った粘土細工とか、それこそランドセルなんかも無造作に放り入れてあったような気がする。
 自分が女装癖に勘違いされた理由が判明したのだが、またまた謎を呼ぶ展開になってきた。
 と、思ったら。

「あ、それ。 私が入れたやつだわ」

 ……妹よ。

「え?」

 妹の軽い返事に、両親がたまらず聞き返した。すると妹が、だからー、と言いながら4つある席のうち唯一空いていた妹自身の席に座ってもう一度言った。

「それ、私の服だってば。 入れるスペースなくなったから、兄貴のクローゼット借りてんの。 右の方かかってあるやつでしょ?」

 両親はぽかんとしている。とそこでようやく勘違いに気づいたらしく、ほろっと破顔した。

「やだー、勘違いしちゃったわ」

「さて、会社にいくか」

 朝ごはんの続きに取りかかる母親と、鞄をもって出掛けようとする父親。そんな父親に弁当を届けに、母親がぱたぱたとスリッパを鳴らしながら玄関に向かっていく。
 一瞬で帰ってきたいつもの日常に、机に突っ伏してしまう。なんだ、この茶番は。
 元凶である妹は、お母さん早くー、などと言って朝ごはんが出来るのを待っている。そんな妹に、お前いつの間に兄ちゃんのクローゼットを自分のものにしてたの、とは聞けず。



 とりあえず、学校行ったら即誰かに話そうと思う。

 一生忘れられない誕生日になった、18の朝であった。


(何でもないことも
一生物になるものだ、と
誰かが
ってた気がする)

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