そして、僕らは


 あ、と思った時には、もう手遅れだったなんてことはないだろうか。私の場合は、殆んどがそんなものだったような気がする。

 例えば、小学五年生の頃。ある女の子との話。
 未だ少し肌寒さが残る、ある晴れた春の日。クラス変えが終わり、新しいクラスメイトと初めて言葉を交わす。
 少々人見知りが強かった私は、自分の席に座りただ下を向いていた。誰かに話しかけたかったけれど、どうしても一歩が進めなくて、そわそわしていた。
 今年も、そんな感じかな、とため息をついたそのとき、私の肩をぽんと叩く手を感じた。びっくりして勢いよく振り向いてしまった私に、肩を叩いたその子もびっくりしていた。
 それが、私とその子の最初の接点だった。
 彼女は私の隣の席だったらしく、私に声をかけてくれたのだ。よろしくね、と微笑みながら言われたとき、私の心臓はびっくりするくらい早くなっていた。
 どもりながらも返事をし、彼女が他の友達のほうへ走り去ってしまっても、しばらくぼーっとしてしまっていたの覚えている。
 それから数年経ち、あのときの心臓の高鳴りがびっくりしただけではなかったのだ、とわかった。のだが、その頃には彼女とは学校は離れており、その気持ちを伝えることは出来なかった。

 次は高校進学で、猛勉強真っ只中だった中学三年の夏休み。
 テレビや漫画など、なにかと誘惑が多い家から自転車を漕いで20分。汗だくになりながら、毎日坂の上に建っている私立図書館に通っていた。図書館は入ってしまえばクーラーが効いてとても涼しく、また静かで快適な場所だったからだ。
 地元の者だけが使える自習室に入り、参考書とノートを広げて勉強を開始する。誰もが話すこともなく、黙々と学び続けているその雰囲気に押されるように、私のペンを持つ手もテンポ良く動いていた。
 二時間ほどたち、さて少し休憩しようかと席をたつ。自習室から出て、図書室へと足が勝手に向かうのだ。実は私は大の本好きで、古典文学から児童書、辞典まで、さまざまな分野の本を読み漁っていた。その日も少しの息抜きのつもりで図書室へと行ったのだが、それがいけなかった。そのままずるずると本を読み続けてしまい、気がつくと自習室で勉強していた時間より多くの時間を、図書館での読書にあててしまっていた。
 またやってしまった、と思う私は、常習犯で。誘惑を避けて図書館まで来たのに、結局本の誘惑に引っ掛かってしまうのだ。気付いたときには館内の閉館アナウンスが鳴っている時間の時もある。
 そうやって、何時間を読書に費やしてしまったのだろうか、受験前になって焦りながら、溜め息をついた。

 次は、ようやくお酒が飲める歳になり、一生に一度しかない成人を祝う式典の中。
 久しぶりにあった旧友たちと、懐かしい話題で盛り上がっていた。私は県外の大学に通ったていたこともあり、なかなか地元の友達と会う機会がなかった。数年ぶりに会う友達もいて、そいつの変わりようにちょっと引いてしまったのも今となれば面白い思い出だ。
 式が終わったあと、中学校の同窓会があったので少し緊張しながら、同じように緊張している旧友らとそれに参加した。行ってみると案外みな同じような感じで、初めましてから話す同級生もかなり多かった。
 中学生時代の懐かしい話から、今の生活についてなどいろんな話に各々が花を咲かせていた。そんなときだ、ある男が当時好きだった人を暴露しようぜ、などと言い出したのだ。正直自分はそのときも少し小学生のときの恋を引きずっていたこともあり、中学受験して離れた女の子のことを話した。もう二度と会わないだろうし、知ってる奴もそんなにいないと思っていたからだ。
 案の定、同じ小学校だったメンバーのみ、そうだったんだー、と言っただけで他の人の暴露へとすんなり移っていった。
 同窓会からしばらくたったある日、私の携帯に旧友からメールが一通届いていた。何だろうか、と開くと今度は小学校の同窓会をするから来ないか、というのだ。まぁいいか、と思い二つ返事で了解のメールを送ってから気付いた。そいつはこの前の中学校の同窓会にも来ており、私があの女の子が好きだったと知っていることを。どうか同窓会では言わないでほしいと心の中で強く願ったが、酒の力にあっさり屈した旧友の口は、その女の子の前でペラペラと話したのだった。
 あのとき、好きな人などいなかったと言っておけば、と過ぎたその事を後悔した。


 しかしながら、そんな自分のうっかりもたまには役に立つもんだな、と今になってぼんやり思ったりしている。
 仕事も休みの日曜日。ローンを組んで数年前に買ったマイホームのリビング。この前買った少し広いソファーに体を預ける。右には好きな俳優が出ているらしくテレビを熱心に見る娘、左には携帯ゲーム器に夢中になっている息子。

 そして、後ろの方のキッチンでは夕飯の支度を始めている、あのとき女の子。

 あの小学校の同窓会で、私は女の子とアドレスを交換したのだ。実はお互いその時両思いだったらしく、よかったら交換しないか、と女の子から言われたのだ。
 すぐに付き合い始め、数年後結婚し、二人のこどもにも恵まれた。 少しくらい後悔したほうが、未来に繋がるのかも、何で思った。

 とりあえず、もう手遅れにはならないように日頃から妻への感謝と子どもたちへの愛情は、伝えようと思う。


(小さな布石は、やがて
大きな
紋を呼び寄せて)


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