真を語るは宵の夢
「知っているのに、そうやって知らないふりをしていたのは、良くないね」
貴方が、言った。
皆の目が自分に向けられているのを感じる。自分はその視線に耐えることが出来ず、ふいと下を向いた。
別に、隠していたわけじゃない。ただ、自分じゃなくても、誰かがいつかわかるだろう、と思って話していなかっただけだ。
誰も自分に意見を求める事も、尋ねることもしなかったのだ、自分だけが悪いみたいな目で見られるのは、なんだかとても居心地悪い。
「聞かなかったのは、誰?」
つぐまれ続けたこの口が、音を紡ぐ。久しぶりに出した自分の声はどこか擦れており、また久しぶりに聴いたそれに変な感動さえ覚えた。
「聞かなければ、言わないのかい?」
まだどこか、自分を責めるような口調の貴方。質問を質問で返されてしまってはどうしようもない。
自分は、ゆっくりと視線を前に向ける。
やはり、といえばいいのだろうか、皆の視線がとても痛く思えるものばかり。
一番近くにいる貴方の目は、まだ痛いほどではない。
「その時、貴方に自分の声は響かなかった。 貴方と自分はとても違う世界にいたのだから」
「それでも、呼び掛けてほしかった。 もしかしたら糸電話のように細く小さくても伝わったかもしれない」
「それは、ない。 波長の合わないラジオのような雑音にしか聞こえなかったはず」
自分と貴方の押し問答は続いていく。貴方がそうだといえば、自分はそうじゃないという。自分がこうだったといえば、貴方はこうかもしれないという。
解のない、また意味もないそのやりとりに、自分は苛立ちを募らせる。
貴方には見せない躰の内で。
「私は私のやるべきことをしただけ」
私はその苛立ちを目線の重みにかえ、貴方を睨み付けた。一度重みを持ってしまった私の眼と、その気持ちを吐き出してしまった口は、もうどうしようも止まらなくなってしまった。
「無知は言い訳だ。 教えてくれれば、なんて努力を怠ったものの哭事でしかない。 貴方は、貴方たちは識ろうとしなかった」
「それは、罪だ」
言い放った言葉に、時間が止まったような静寂が訪れた。誰もが心の奥で抱いていた事を、私が泥水を掻き混ぜるように浮かび上がらせたのだから。
そして、そう言い放った私自身にも同じように。
「罪、か」
うなだれる貴方たちを置いて、私は其処から立ち去った。
もう此処にはいられないと分かっていたからだ。避けられない罪悪感に苛まれ、今まで微かに繋がっていたラジオの電波は途切れてしまった。
登る脚は重く、此れが黙っていたことへの罪なのだ、と誰かが言っているかのよう。光が見えても、私の眼に光が灯る事はなくて。ただただその道が、私を裁きの間へて導いていた。
「何も識らないでいたのは、其れ以外の全てだったのだ」
此れが最期だからと、私は小さく呟いた。
(呟くように口にすれば
溶けてゆく幻)
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