夏の想い出


 私はしがない一人間である。特にこれといった長所もなく、あえて言うならそういう当たり障り無く生きられる事が長所になるのかもしれない。

 今日は、そんな私の昔話を少しばかりしようと思う。私の頭の中にある、あの暑くて嬉しくて、そして悲しい夏の記憶のことを。


 あれは小学生のいつだったか、まだ私の身体に膨らみの一つも見られなかった頃。
 私は、よく近くにある祖母の家に通っていた。祖母は小さな喫茶店を経営しており、古いながらも馴染みのお得意様に恵まれた、雰囲気のいい店だった。
 少し山の中にある其処は、私が住んでいる街中よりも少々ひんやりしていた。クーラーをがんがんにかけているデパートよりも健康的にも気持ち的にもいい場所だったように思う。

 祖母の家には、一匹の猫がいた。鼠や虫を取るために、父が動物病院から貰ってきた雌猫だ。初めは両手の平に乗るほどの小ささだったが、今では一人前の体付きになっている。
 名前はたま、と言った。もっと可愛らしい名前を私は付けたかったのだが、祖母が覚えやすい名前ということでそう名付けられたのだ。
 たまは実に賢い猫であった。きちんと外敵を駆除し、店の食べ物には一切手を触れない。撫でに来たお客さんに対しても怖がることなく、なされるがまま大人しく座っていた。
 私は家族であったし、たくさん顔を会わせていたためか、座っているとたまは膝の上に登ってきて、まるで撫でろと言わんばかりに愛嬌を振りまいてきた。もちろん私はたまを可愛がった。

 そんなある日、たまが妊娠した。
 まだ年も若かったので避妊をしていなかったのだ。子どもを生んでも育てられない。しかし、妊娠してしまったものは仕方がないので、たまに生ませることにした。
 私はまだ、子猫が生まれることで引き取り手がどうとかがよく分からなかったので、ただただ子猫が早く見たいとしか思っていなかった。

 それからしばらく、蓄まった宿題を母に咎められたために、祖母の店にいけない日が続いた。五日ほどたち、母の許しを得たので祖母の店に行った。




 たまは、いつものスマートな体付きになっていた。

 子猫は、どこにもいなかった。




 たまは、流産してしまったという。
 ある朝、祖母が起きるとたまが足元にまとわりついて離れなかった。にゃー、と鳴き続け、机の下に潜り込んだ。
 祖母が腰を屈め、その座卓の下を覗き込むと、冷たくなった子猫が一匹、死んでいたという。
 その日は今夏の最高気温を記録した日だった。

 私は衝撃を受けた。もう、子猫はいないのだという事実が悲しくて、たまを抱き締めた。たまは分かっているのかそうでないのかは分からないが、ざらざらの舌で私の頬を舐めあげた。

 まるで、私の涙を拭うように。



 それから、たまは避妊の手術をした。
 もう一生たまの子どもは生まれないのか、とぼんやりと思った。




 たまは今でも元気に店を守っている。めったに行かなくなった私のことも覚えているようで、私が座卓の前に座るとのそのそと私の膝の上で丸くなる。
 そして私は、引き締まったそのお腹を撫でるのだ。たまの、生まれなかった子どもに挨拶するかのように。



(さよならを告げた
あの日の蒼い
が、
未だ僕の胸を締め付ける)


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