残りしは虚ろな躰


「早く早く殺して」


 目の前の少女は拙の服に縋り、泣きながら訴える。


「もう嫌なの。 こんな世界には生きていたくないの」


 嗚咽を洩らし拙を見る。
 その眼に光はなく、ただ死のみを望む者の眼だった。


 何が彼女をそうしてしまったのだろうか。
 何度考えても今の現状だけで精一杯の拙の頭では、答えなどでるわけもなかった。



「……なら拙も共に」


「だめ。 あなたは死んではいけないの」



 殺してと言うくせに。
 こんな世界は嫌だと言うくせに。


 拙が此の世界から消えるのを望まない我儘な彼女。


 きっと彼女を殺すことも自分を終わらせる事も簡単なのだと思う。


 この両腕で首を絞めればいいのだ。
 この両足で飛び降りればいいのだ。


 だけど、躊躇うのはその四肢と拙の心で。



 彼女には死んでほしくはなかった。
 生きていてほしかった。
 笑って傍にいてほしかった。



 全てはもう過去のことなのだ。


 拙は結局は彼女の言うことを聞いてしまうのだろう。


 この両腕で綺麗な彼女を殺すのだ。

 そしてこの両足は地上に留まり続けるのだ。



『■■■』


 拙の名を呼ぶ彼女。
 その忌まわしき名さえ今は心地よく感じられる。




 拙はゆっくりと頷き、彼女の首に手を掛けた。




 残されたのは虚ろな躰のみ。
 心は彼女と共に死んだのだから。




……



 彼女は拙の太陽だった。
 彼女が笑うから拙も笑えた。

 拙は彼女の月だった。
 彼女の輝きがあればこその存在だった。

 だから今はもう死した星のようなもの。

 かつては彼女が呼ぶ名前があったが、今となっては誰も知らない。
 かつては彼女が見つけてくれていたが、今となっては誰も探さない。



 それほどまでに彼女が拙の全てだった。

 足りないなんて言葉では足りない。
 欠けたなんて言葉では埋まらない。

 躰のみ残り、その他の全てが欠落した拙を誰が人と括れよう。

 朽ちるを待つ拙は、雨すら此の身を救う助けに感じ、暴力は最高のご馳走になった。


 早く彼女のもとへ行かせてくれる切符。

 流れる血は彼女へ続く道。
 折れる骨の音はあの世へのレクイエム。



 早く早く。

 早く拙を。

 彼女のもとへ連れていって。



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