探す男の話


 男は、いつも満たされない想いをしていた。
 一体自分が何に飢えているのかわからないし、何で満たされるのかもわからなかった。

 ただ、自分の中にある欠格に埋まる何かを、男はずっと探し続けていた。

 もしかしたらそれは、満たされない食欲なのかもしれないと、男は世界中のあらゆる美味、珍味、旨味、挙げ句の果てには不味まで食べ尽くした。
 知らない味を知ることで自分の餓えが癒されるのではないかと、一心不乱に食べ続けたのだ。
 が、結局はそれは男にとって何の埋め合わせにもならず、ただ自らが求めていたものとは違うのだという結果しか生まれなかった。


 次に男が目につけたのは、知識に対してだった。
 知らないことを知れば、自らの捜し物もまた見つかるのではないかと思えたからだった。
 それからというもの、男は寝る間も惜しんで勉学に全てを費やした。
 地域の図書館に毎日通いつめ、童話に図鑑、物語、研究書、古典に外国語など、そこにある本という本を読み尽くした。それだけに飽き足らず、国中の図書館の本を読みあさった。
 また本の中の知識だけでなく、実際に現場に足を運ぶこともした。
 しかし、それもまた結局は無駄に終わってしまった。
 男が知識を得れば得るほど、自らが満たされない事をより自覚するはめになってしまっただけだった。


 男はどうしても、得たかったのだ。
 この餓えを癒せる何かを。
 別に満たされなくとも男はその世界で生きていく事は出来る。どうしても得なくてはいけない道理などどこにもない。
 それでも、男にとってのその餓えは、男が満足できる生き方をするうえで、知らなければいけないことであり、それを諦めるという事は自らの生き方を否定するのと同じでしかなかった。

 しかし、何度もこれだと思い、得るために弛まない努力をし、それを得るに至が、結局は違うのだという事を解る事しか出来なかった。


 それを繰り返し。

 それを繰り返し。

 男は気がとおくなる程の時を、満たされない何かを探す事に費やした。


 歩き続けた。
 調べ続けた。
 描き続け、謳い続けた。


 そんな自らを厭わない行動に、ついに男は躰を壊してしまった。

 歩き続けたその足は、もう歩む事は出来ない。
 調べ続けたその瞳は、もう光を射すことはない。
 描き続け、謳い続けたその喉は、もう理想を語る事はない。

 これが求め続けた結果であり、知らなくても言いことに拘ってしまった者の末路なのだと、男は自らを貶め蔑んだ。


 しかし、男は病に伏した床で初めて気付く。
 たくさんの見舞い者が男に会いにやってくるのだ。
 それは、食欲こそが欠格なのだと思っていた時に出会った料理人であった。また各地で出会った、狩人や仲介者も訪れた。
 それは、知識こそが欠格なのだと思っていた時に出会った図書館史書であった。また各地で出会った、ガイドや通訳者も訪れた。
 それは、さまざまな時に出会ったさまざまな人々であった。



 人々が訪れるたびに、心につまっていた何かが綻び、人々が男に話し掛けるたびに何かが埋まっていくのを感じた。


 男を慰めようとする者。
 男を励まそうとする者。
 男を心配する者。


  そして、男は気付いたのだ。
 自分が感じていた餓えの正体を。

 男は、そんな人々との関係を求めていたのだ。
 偽りなく、感じられる愛情を求めていたのだ。
 ただただ生きていたあの頃を思い返せば、躰を壊した今だからこそ解る事がたくさんあった。


 男は、ついに餓えの正体を知る事が出来た。
 そして、それとともにその餓えは、人々の愛情によって満たされた。

 自分が求め続けたその過程は間違いなどではなく、また報われた事が出来た。

 男はそれを理解し、覚めない眠りに就いたのだった。



(愛を知った人魚姫
儚く消えるは
の定め)


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