ハイキング
季節は春。天気は晴れ。心地よい気温の今日は、絶好のハイキング日和だ。
荷物は重いし、気分も悪い。やる気も起きないし、身体中が気持ち悪い。
でも行かなきゃとあなたは言う。
あなたが言うなら、わたしはどこにだって行く。
そう言ったわたしに、嬉々としてハイキングの準備を始めるあなた。大きなカバンを取り出して。
そこには、お弁当やランチシートみたいな必需品以外にも、ハイキングに必要なのかわからないものが沢山カバンの中に詰め込まれていく。
カーテンにビニール袋、スコップに石灰。注射器なんてどこで手に入れたんだろうか。
でもそんなことは何も関係ないと決め込んで、わたしもバックパックを取り出してハイキングの用意をし始める。
何が必要なのだろうか、ハイキングって。
とりあえず化粧道具はいる。あとは、睡眠薬とかだろうか。ああ、忘れるところだった、かなづちは絶対必要だろう。
わたしたちは各々に必要と思われる物をカバンとバックパックに積めていく。そんな事をしていたらいつの間にかわたしの大きなバックパックはパンパンになってしまった。
そして、日も暮れてしまって、絶好のハイキング日和じゃなくなってしまった。
こんなに暗かったらハイキングに行けないね。
あなたが言うなら、きっと行けないのだろう。わたしは何の疑いも持たずに同意をする。
明日こそ一緒にハイキングに行こう、とあなたが言うから、わたしはまた同じように同意をする。
季節は春。天気は雨。少し肌寒い気温の今日は、絶好のハイキング日和だ。
荷物は重いし、若干臭くなってきた。でも気分は良い。やる気も起きているし、身体中が爽快だ。
あなたは、少し疲れてるみたい。
早くハイキングに行こう。
あなたは、何かに怯えているようにわたしを急かす。あなたが言うなら、とわたしは昨日準備したバックパックを背負った。
あなたの荷物は二つある。背中に背負った大きなバックパックと、右手に持った大きなカバン。
雨の中、二人で仲良く傘を並べて少し小走り。
あなたの歩く速度が早いから、自然とそうなってしまうみたい。
沢山の電車とバスを乗り継いで、着いたのは全く知らない山奥。ハイキングしてる人なんて、一人もいない。
でもわたしたちには好都合。誰にも邪魔されずに二人でハイキングが出来るから。
登って登って。
たまに雨でぬかるんだ地面に足を滑らせたりして。
あなたが先を行くから、わたしはただ追い掛けるだけ。
楽しいハイキング。
雨で全身が濡れてちょっぴり寒い。足も疲れてきた。何回か滑ったからどこかしこに泥が付いてしまって汚い。
でも楽しい。
これが終わったら正真正銘二人きり。
なんてことを考えていたら、あなたの歩みが止まった。
ここでいいよね、とあなたがわたしに言うから、わたしはただあなたが言うならと同意をする。
あなたはバックパックからスコップとシャベルを取り出して、わたしにスコップを渡すとあなたはシャベルで土を掘り返し始めた。
わたしも手伝わなきゃ、と思って渡されたスコップであなたが掘った穴を掘る。
二人の共同作業だなんて結婚式みたい。
そんな事を思いながら数時間。大きな穴が出来上がった。
あなたは休むことなく次の作業に入った。
背負っていたバックパックの中から、何かカーテンとビニール袋に包まれたものを取り出したかと思うと、穴のなかに入れた。
そして、その包みを開いた。
何だろうか、よくわからないけど、あなたはそれに石灰を振りまく。
そしてまたカーテンとビニール袋に包んで、上から土をかけて埋めていった。
わたしもあなたがするなら、と同じように土をかけて埋めていく。
そして、全ての作業が終わったら、あなたは疲れたのか膝を折る。
じゃあ、とわたしがあなたにお茶を差し出すと、しばらくじっとわたしの顔を見てからあなたはお茶を飲み干した。
それはわたし特製のほうじ茶。いつもより高級な茶葉と適温のお湯で出したおいしいお茶。
たくさんの愛情だって入っている。
たくさんの睡眠薬だって入っている。
あなたは疲れていたのか、すぐに瞳を閉じた。
わたしはそんなあなたにバックパックから取り出したかなづちを振りかざす。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。
真っ赤になったあなたの手の中から出てきたのは、得体の知れない液体が挿入済みの注射器。
こっそりわたしに打つつもりだったみたい。
でも、残念。
わたしが一歩早かった。
今度は一人で穴を掘る。女の子だけじゃ、ちょっぴり大変。
でも頑張らなきゃ。
次の穴は一人用じゃないもの。
掘って、掘って、掘って。
何時間も掘り続けてようやくぽっかりと開いた穴。
わたしはあなたをそこに寝かせた。そしてあなたの上にだけ土をかぶせる。
横に開いているもう一人分のスペースには、わたしが入る。上手に土を引き寄せて、わたし自身の上にも土をかぶせる。
そしてあなたの手の中にあった注射器を、腕の血管に射した。
ハイキングは終わった。
だってわたしたちはこれから、暖かい布団の中で永遠に覚めない眠りに就くのだから。
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