ディオスコロイ計画 小説 | ナノ
右と左の物語【Seventh】
苦しかった。
早く出たかった。
何度そう培養液に満たされた試験管の中で願ったか、もう数えることはできない。
気の遠くなるような長い間、私たちは隣同士の大きな試験管の中で閉じ込められていた。
何時から?
何故?
そんな考えを抱くことすらない。
ただ、早くその培養液から出たかった。
私にとっての唯一の話相手が、右の試験管にいる君だけ。
私たちは直接会えなくても、頭の中だけで会話ができる。
知識だけは情報が頭に入っているので困る事はないし、言葉だって解することができる。
会話といっても、それを更新される基が無いので、毎日やってくる白衣の人たちについてが主な内容だった。
きょうは、いつものひとじゃなかった。
きょうは、いつもよりじょうほうがおおかった。
きょうは、いつもよりじかんがながかった。
きょうは、いつもよりきかいをいじってた。
そんな内容が私たちの間を飛びかう。
もちろん白衣の人たちは、それを知らない。
ただ、身体中に取り付けられているチューブに、思考を読む機能が付いているなら話は別だけれど。
今の私がどうして此処にいるのかは知らないし、知ろうとも思わないが、何処にいて何をしているのかは情報として識っている。
私は白衣の人たちにとって、『実験台』の一つなのだ。
私以外にもたくさんの子どもたちが、違う部屋の試験管の中にいるという。
あくまでも情報としての知識であるため、実際に見た事もないし確かめた事もないのだが。
また、白衣の人たちが私を使って何を実験しているかも、はっきりとはわからない。
ただ、白衣の人たちは刷り込むように私に向かって、こう囁くのだ。
――完璧な、完全な生命体であれ。
何をして其れを定義するのかはわからない。
また、どうやったらそう在れるのかもわからない。
しかし、白衣の人たちはそれを繰り返すのだ。
私に完璧な、完全な生命体になるようにと。
右の試験管にいる君は、言われてなかったのに。
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