ディオスコロイ計画 小説 | ナノ
序章
男(ナギ)は大切な者を亡くした。
二人は生まれたときからずっと一緒だった。そしてこれからも共にあるはずだった。
それは言葉でこそ紡がれた事は無かったが、二人にとってその未来はまさに当然であった。
二人は常に寄り添い合い、共にいるだけで、欠けた破片を補うかのように全ての不安や悲しみが無くなった。
それは不慮の事故だった。
突然の不幸だった。
男(ナギ)にとっては、いつもと変わらぬ毎日が訪れるはずだったのだ。
しかし、それが来ることは二度と無かった。来たのは大切な者の死を告げる一通の手紙だけだった。
その人は二度と帰らぬ人となってしまった。
あの優しい声はもう聞こえない。あの安心できる気配はもう彼を包まない。
彼は一人になった。孤独という初めての闇に落とされたのだ。
未来が見えなくなった。今まで歩んできた道が消えていった。
全ては大切な者がいたからこそ見えていた未来であり、歩んでこれた道だったからだ。煌びやかに、また瞬いていた先へと続く扉は閉まってゆく。
男(ナギ)にはそれほどその人が全てだったのだった。
だから、男(ナギ)は考えてしまったのだ。大切な者を取り戻そうと。
男(ナギ)にとってあの人を取り戻せるならば、何の躊躇いも戸惑いも無かった。
二人を引き裂く自然の力は凄まじく、瞬く間にその距離を遠ざけていく。その力に抗うにはどうしたらいいのだろうか。
既に大切な者の魂は黄泉の国へと旅立った。男(ナギ)の目の前にあるのは躰のみ。魂無きその躰は四肢を動かすどころか、瞼さえ開くことは出来ない。
必要なのはその黄泉の国へと導く糸を紡ぐことだ。それは質量的なものでなく、見えないが確かにある絆。それをより強く、確かなものにしなければならなかった。
男(ナギ)は七日七晩考え続けた。そしてついにその手段を見出だしたのだ。
引き裂く力に勝る、引き合う力を集めればいいのだと。自然の力には人の力でもって対抗すればいいのだと。
そして男(ナギ)はその計画に名を付けた。
『ディオスコロイ』と。
『ディオスコロイ』とは、かつて神により育まれた双子の兄弟の名前。そう名付けることで、男(ナギ)は、神をも逆らう事をその名に誓ったのだ。
双生児の偶然を必然とするほどの強い引き合い繋ぎ合う力。男(ナギ)にはそれが必要だった。
とはいっても、ただ双子であるというだけでは足りない。
より強い念を持ち、より大きな絆を抱く双生児を見つけださなくてはいけないのだ。
ならばこの世界を、時空を超える必要があった。だが、今の男(ナギ)にそれが出来ないということなど在るだろうか。死した魂を連れ戻すという最大の禁忌を犯そうとしている男(ナギ)にとって、世界を、時空を超えることは容易かった。
そして男(ナギ)はより強い双生児の魂を見つけるために、その姿を時の狭間へと投じたのだった。
ただ、愛しい女(ナミ)に会うが為だけに。
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