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独りならば何も失わず、数多ならば常に消え往く。
其れは。
失う事を恐れたものの、言い訳にしかすぎぬのだ。「……だからどうして、ついてくるんだ?」
僅かに困惑したようなメゾの声は、虚しく空へと流れる。
メゾはあれから、目的地を探す旅へと出た。
目的地を探すと言う事はある意味、目的地が無い旅でもあるという事。
メゾ自身が安住と思われる場所を探し続ける、途方も無い旅路。
あのまま領主の娘として生きる選択肢は、メゾには始めから存在しなかった。
あの監獄から出たのだから。
あそこから出られなかったなら、メゾは何かを探す事も旅に出る事もなかったのだろう。
だが、メゾはあの決して出る事はできなかった、また出ようともしてなかった監獄から解放されたのだ。
その時、メゾは知った。
其れは空から識った知識としての自由ではなく。
自らの身を以てして感じた、初めての自由。
其れを知って、満足出来ないとわかりきっている場所に留まり続ける必要があると言えるのか。
例え、他の誰かが其れに意味を見いだしたとしても、メゾにとっては領主の娘として生きる事に何の意味も見出だせ無かった。
だから、メゾは村から独り、去る事にしたのだ。
なのに。
何故だろうか。
少年と男が、まるで当たり前かとでも言うかのように、メゾの後ろに付いてくるのだ。
しかも、2人で口喧嘩しながら。
初めこそはメゾもいつか居なくなるだろうと放っておいていたのだが、居なくなるどころか口喧嘩の音量が大きくなるだけ。
二人は決して村に戻ろうとせず、そのままメゾに付いて来続けた。
それには、さすがのメゾも放ってはおけなかった。
しかし、二人はメゾの何故付いてくるのか、という質問に対して、きょとんとして、何か問題でもあるのか、といった顔をしている。
「だめか?」
「だめと言うか、困る」
首を傾げて聞いてくるのは、メゾを男から守ろうとした村の住人の少年。
だいたいにしてまだお互いに名前も知らないのだ。
「名前? ……あ!」
……気付いてなかったのか、こいつは。とんだ天然バカだな。
男もそんな少年の様子に笑いを隠しきれておらず、くつくつ笑っている。
少年が男をむっと睨む。
しかし、すぐに少年はメゾに向き直り、少し頭を下げた。
「……考えたら、拙もお嬢様の名前知らなかった。 ごめんなさい」
一段落あって、やっとの自己紹介といったところなのだろう。
少年はメゾの目をしっかり見つめて、自らを指しながら言う。
「拙の名はテノール。 此の村の領民で農業をしてるんだ。 えっと、お嬢様が助けだされたって聞いて……」
「メゾ」
「え?」
「私の名前だ。 私のことはメゾと呼んでほしい。 お嬢様だなんて、なんだか気持ち悪い」
メゾは微妙な表情をしながらそう言った。
実際、お嬢様だなんて柄でも無ければ、其れを認めてもいない。
認めていないからこそあの屋敷を飛び出したのだから、お嬢様などと呼ばれる資格も無いのだ。
また、メゾの名前は生まれたときからメゾであった。
しかし、メゾは生まれたときから監禁されていたのは事実。
ならば、誰がメゾをメゾと名付けたのか。
それこそが『空』。
孤独でしかない監獄の中で、空がいたからこその今のメゾがいる。
空は優しく彼女の名前を呼び続けてくれたのだ。
『メゾ』と。
寂しさで狂いそうな時はお伽噺を囁いてくれて、悲しみで沈みそうな時には優しい光を与えてくれた。
仮に血の繋がりがあるという領主が名付けた名前があるとしても、メゾにとって自身を表すものは『メゾ』でしかないのだ。
空が、最初にくれた、大切な名前。
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