空を見上げて 本章 | ナノ



20

 一目で高価だと見て分かる、部屋の品々。壁には煌びやかなタペストリーが飾られ、振る舞われた紅茶は高価な茶葉が使われているのだろう、とてもよい香りを生みだしている。まっ白いティーカップに描かれた絵は、繊細な手描きでさぞ高名な絵師が描いているのだろうことが伺われた。座る椅子も、ティーカップを置く机も、細やかな彫刻がなされている。

 そんな華美なものに囲まれる中、カルムは一つ、大きな溜息を吐いた。

 カルムはギルド『レクイエム』のギルド長であり、その創始者の一人である。都市ユニコットの中で彼の名を知らぬものはないが顔を知らぬものは多く、まるで巨人のような大男なのだとか、その声は地を這うような恐ろしい声なのだとか、さまざまな憶測が流れているほど。実際はまだ20そこそこの成年であった。

 バスの代わりに登城したカルムは、別室に通され一時間待たされていた。何でも会議が思いのほか長引いていると使いの者が言っていたが、おそらくそれは嘘なのだろう。
 ただ単に登城したのがバスではないということが、フェルマータの癪に障り、後回しにされているのだ。会議など、フェルマータが仕切っているのに長引くはずなど無いのだから。
 フェルマータの一言がすべてを決める会議に、延長などあるはずがない。

 見下されている。そうと分かっていても、カルムは屈辱に耐え、待ち続けるしかなかった。
 バスが来られなかったのは正当な理由あってであり、フェルマータから遠ざけようとしてではないことをきちんと伝えなくてはならない。変に勘違いされていてはたまったものではないからだ。

 そしてもうひとつ、カルムがこの部屋を出られない理由があった。ドアに背を預け体育座りでこちらを見るひとりの少女が、カルムをその場に縫い付けていた。
 顔に右から左ほほまで突き抜ける傷を持ち、頭に花の髪飾りを付けた10歳をすぎたくらいの少女。小柄で決して強そうには見えない。が、彼女が噂の『人形』であることは雰囲気で察することが出来た。

 『人形』。それは、フェルマータに付き従うある一人の少女のことを指す。
 少女はフェルマータ唯一の血の繋がりを持つ実妹であり、名前をメストと言う。まるで人形のように感情を出さず、フェルマータの言うことのみを忠実に守る。顔にある傷もフェルマータに付けられたというが、それでも彼女の気持ちが揺らぐことはなく、今のまま忠誠を誓い続けているのだという。

 メストは言葉を発することなく、ただただカルムをじっと見つめ続けていた。
 おそらく『見はれ』、とでもフェルマータに命じられているのだろう。そして、この部屋から出て行こうとでもすれば、『殺せ』とも。
 カルムは決して自分が彼女に負けるとは思わなかったが、ここでメストとやりあえば、あとあと不利になるのはまぎれもなく自分なのだ。不躾な視線にも、フェルマータの自分への扱い方にもカルムは耐えるしかなかった。



 壁を背に座り続けていたメストが、すっと立ち上がる。視線を向ければ、その背にあった扉が勢いよく開かれた。
 そして、待ち続けていた人物がようやく現れた。



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