17
カラン、と渇いた音を立てて、ある酒場の扉が開く。
バスが入ったのは、まだ開店していない町はずれの酒場。いくつもの入り組んだ道の先にある、看板もないし、一見酒場には見えないその風貌。まっとうな商売をする気がないことがそこから伺える。
実際に、その酒場に来る客は依頼を受けるものと依頼をする者のどちらかに必ず属していた。
バスが入った扉その先には、開店の準備をしている店員らしき少年が一人。
まだ十代前半にも見えるその少年は、扉から入ってきたバスを見て、グラスを拭いていた手を止め駆け寄った。
「バスさん! おかえりなさい! お仕事お疲れ様でした」
「ああ」
バスは、全身からバスへの尊敬を滲ませるその少年に一言返事をすると、そのまま店の奥にある地下へと降りる階段へと向かった。少年は少しだけ寂しそうな顔をし、思い出したように声をかけた。
「あっ、バスさん! カルムさんは今、いらっしゃらないです」
バスは足を止め、少年のほうを振り返る。
「何? 珍しいな、あいつがこんな時間に外出なんて。 どこに?」
そうバスが尋ねると、少年はビクッと肩を震わせ、目線を泳がせた。
「いえ…あの…」
「? カルムはどこに行ったんだ?」
どこか言うのをためらうような少年に、バスは訝しげに尋ねる。少年はもじもじと指を絡めていたが、黙って見てくるバスに耐えられなかったようで、おずおずと口を開いた。
「……主城に呼び出しを受けて、先ほど行かれました……」
「主城に……!?」
バスの両目が見開かれる。
「その……、正確には、『主城に呼び出されたバスさんの代わりに』行かれました……」
「なっ!」
バスは地下へ行こうとしていた足を勢いよく引き返し、酒場から出て行こうとした。が、青年がバスの袖口を掴み、必死に行かせまいとする。
「おい、何の真似…」
「カルムさんより特級指令を受けました! バスさんに主城に向かわせないように、と。 カルムさんがバスさんに代わって主城に向かわれたのも、何か意味のあること。 どうか、カルムさんのお考えに、どうか……!!」
バスは必死でつかむ少年を振り払う。少年はバスの力に抗うことはできずに、あっけなく床に転がった。がたんと床板が大きく響く。
「……カルムの考えなど知ったことか。 フェルマータが俺に来いと言ったなら、俺が行かなくてはならないだろう」
「それでも……!!」
上半身だけ起こして叫んでいる少年を無視すると、バスは足早に酒場から出て行った。
残された少年は、肩を落としてうなだれた。彼は上司からの指令を果たせなかったばかりか、バスをまた苦しみしか生まない場所へ行くことを止められなかったのだ。
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